現状の裁判員制度は必要だろうか

裁判員制度による判決が、ここ数年立て続けに否定されている。一審裁判員判決の破棄

つまりやり直せという高裁判決もある。これは最高裁がよくやる手法だが、高裁におい

ても裁判員による判決は受け入れないという含みがあるのではないか。こういうことが

続いている現状では、裁判員制度そのものが不要なのではと思う。裁判員は国民から

無作為に選定され、裁判では主に殺人などの重罪を審理する。審理が一回で済むことは

なく何回も召集されるなど裁判員は過大な負担と責任を負う。その結果、心労を重ね

悪夢にさいなまれつつ死刑などの重い結果を出す。専門家である地裁裁判官の意見も

十二分に取り入れた結論なのだが、二審では簡単に一蹴されてしまう。裁判員制度は、

一般人の考えを取り入れたいと云う主旨だったかと思う。無視いや完全否定されている

のではないか。

判決文を見ると判例などをこねくり回す感じで被害者や遺族への配慮といったものも

感じられない。「殺人に至った動機や犯行には残虐性があり酌量の余地はない。しかし

死刑と断罪するには躊躇せざるを得ない」など。作文もしくは言葉遊びのように思えて

しまう。  20191218長崎新聞掲載文

投稿は、おおむねこの欄(今回は一番下の記載)に書いたものを加筆推敲します

専門家とは誰?

農水省次官まで上り詰めた元官僚による息子殺人事件で6年の刑が宣告された。人を殺し

たのだから、今までの判例からするとなかなか情状酌量は望めないと思う。しかし、

発達障害でいつ人を殺めるかもしれず自分及び奥さんに危害が及んでいるという状況の

中で、いったいどうやってその息子に対すれば良いのだろう。テレビなどの無責任な

コメンテーターは「いかなることがあっても殺人は避けるべき」正論だと思う。では

どうやればよかったのか?専門家や警察に相談すれば良かったと判決にもあるが、警察

は事件が起きないと動かないし専門家とは誰?発達障害と診断したその医者が「殺人に

至る危険性がある」と言っている。老々介護の末の殺人なども含め、日本中の実態の

氷山の一角のように思える。 20191217

動物からの、

もう10年以上になると思うが、メダカとグッピーを飼っている。どちらも数が激減しつ

つあったが、メダカが今年の前半にグッピーは最近激増している。いったいどうした

ことか?ことにメダカは数匹だったのに、今はもう50匹くらい。グッピーもこの寒い冬

に(水槽は暖かいが)日に数匹づつくらい増えているので、全てが成長したら水槽は

一杯になってしまいそうだ。

動物といえば、昨日久々にバイオパークに行ってきた。末っ子が高専の時には、専攻科

と合わせて7年間、足しげく佐世保に行った。そのついでにHTBや途中に位置するバイ

オパークにも頻繁に行っていた。が、卒業して九工大大学院に進学して以降は、ぴたっ

と行かなくなった。娘たちが卒業したシー大方面にもとんと行かない。そういう訳で、

7年ぶりのバイオパークには動物がいっぱい。なかなか癒してくれた(^o^)/ 

さて、年賀状でも印刷しようかp(^^)q 20191214

師走にやること

まだ年賀状を印刷していない。すでに構成レイアウトは決めつつあるが、何だろう?

その先が進まない。現役時代の方がスッと進んでいたように思う。時間があり過ぎると

いうのはよもやま億劫になるということなのかもしれない。

今日の講義,実験は珍しく午後の開講でメイラード反応を行う。クッキングフレーバー

の根本原理と言っても良いと思う。授業でも何回となく言ってきているが、こういうの

は体験するに限る。さて興味を持って分かってくれるかな。 20191212

健康にも良かろう

年内の山の会への参加はあと1回。計画書を見ると、ちょっときつい程度。でも私には

充分きつい。山の会に入会後、自分で歩く距離と負荷がだんだん多くなってきている。

昨日も伊王島での診療後、沖ノ島と合わせて歩いた。が、どうも足りないと感じ元宮の

石段560段+公園内を歩いて10000歩達成。元宮に行く前にすでに7000歩だったのだが、

山の会のことを考えるともっと!となってしまう。石段560段も結構な負荷にはなるが

距離は伸びない。ちょっと困った症候群だな。でも、その結果健康に繋がれば結構な

こと。最近、腰痛の具合が若干違うような気がする。痛いのは痛いが、何かこう刺す

ような感じからまあ持病だからね、と思える程度と言ったら良いか。まあなんでも良い、

歩きの目的は「暇つぶし,歴史散策,健康にも良かろう」だから(^o^)/ 20191210

孫子大集合

年末が近い。というかすでに師走だから年末ではあるが、大晦日の数日前くらいから、

孫子大集合開始となる。自宅は広く部屋数も十分だが、問題は家内の骨の病気と9人以上

のお世話をするという労働量。孫たちは可愛いし婿たちも遠慮なくくつろいでゆく。

いいことではあるのだが、なんだかなあと思う昨今。でも、当の家内はできる間は力い

っぱいやりたい!と。私もかつてそうやって八代の実家や熊本の家内の家にお邪魔して

いた。ほんの2日づつだったと思うが、今は帰省が一週間以上とちょっと長い。それも宿

泊は全て我が家。毎回、無事に済めばよいと思うのみ。 20191209

プロだけでやったらどうか

裁判員制度による判決が、ここのところ立て続けに否決されている。最近のでは一審

への差し戻し。つまりやり直せ!と。これは最高裁がよくやる手法で、同じ判決は受け

入れない!という含みがあるのだろう。こういうことが続いている現状では、裁判員

制度そのものがもう不要なのではないかと思う。裁判員は国民から無作為に選定され、

裁判では主に殺人などの重罪を審理する。何回も召集され多大の負担と心労を重ねた上,

プロの裁判官の意見も十二分に取り入れた結論が、こうも簡単に一蹴される。私だっ

たら二度とやりたくない!と思う。そもそもこの制度は、一般人の考えを取り入れたい

と云う主旨だったかと思う。無視いや完全否定されているのではないか。20191207

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