重篭辺りに甑岩という場所がある。甑はこしきと読みその時代に米を蒸すのに使われた
道具。その時代というのは、弥生時代!日本最古の稲作遺跡が板付(福岡空港)にある
という番組を見ていたら、神功皇后とか日本武尊の話しになった。どちらの方も現存し
ていたと思われるが、要するに神話時代のこと。日本武尊は第12代景行天皇の皇子で、
第14代仲哀天皇の父にあたると記紀にある。熊襲征討・東国征討を行ったとされる日本
古代史上の伝説的英雄である。日本書紀では主に「日本武尊(やまとたけるのみこと)
古事記では「倭建命(やまとたけるのみこと)」と表記される。しかし、何しろ記紀に
しか記載がなく、歴史上冷遇されているような気がする。神功皇后は、日本の仲哀天皇
の皇后。つまり日本武尊にとって「嫁」?日本書紀では「気長足姫尊」で仲哀天皇崩御
から応神天皇即位まで初めての摂政として約70年間君臨したとされる。実在したとすれ
ば4世紀後半頃?。
前置きが長くなったが、長崎にも神功皇后に関わる遺跡と言うか史跡が少なくとも2カ
所。一つは鼠島でもう一つが甑(こしき)岩。ということで、今回は甑岩から北浦さら
に茂木に至る、いわば弥生の道の歴史散策をやってみた。
甑飯岩神社には日本武尊を祭神とするとある。茂木はその昔、神功皇后が衣装を着たと
いうイワレがあり裳着と書いたらしい。そういうことで、往路はまさに歴史散策になっ
たけれども、復路というか帰路は迷い迷いのまわり道。昔の道と今の道との交差などを
を楽しめたけれども、22000歩14キロは長く遠かった。早坂&田上IC巡りで6年前に歩
いていたため、そこに至ってやっと安心して遅いランチを摂った。轟の滝も6年前と同じ
く滔々と流れていたが、降りる道はありやなしや!行かれる方はご注意!20230119
1042甑岩,1144北浦,1153茂木,1216転石,1326早坂,1356轟の滝,1426重篭
山茶花はありしやと思う弥生の道 隆
茂木には結構行っているが、その先の飯香浦まで行って見た。今回は、様甑岩子見なので一
部は車利用^_^; 日吉自然の家やこしき岩から見る飯香浦付近を歩くことと、下から見
て山方向を見るとどう見えるのか?茂木というのは、元は裳着という表記らしい。詳し
くは説明版を見て頂くとして、今の地名はその由来を彷彿とさせない変遷をしているも
のがかなり多い。というか、あまり意識もされずにどんどん変わってゆくものらしい。
言葉というものがそもそも使用法や意味さえも変わってゆくからね。まあその時代時代
で適宜使われる言葉が結局辞書にも残ってゆくということだ。茂木神社の大銀杏の木か
らばんばん銀杏の実が落ちつつありなかなか臭かった。地元のおじさんが採集していた。
若菜川にはサギの一種かな群れ飛んでいたのでちょいとパチリ。20171005
長崎南部のヒトはわかるかと思うが、長崎自動車道は本線から芒塚、早坂そして田上IC
で、一般道に出入りできる。最後の2つのICは至近距離に位置しすぐ横に一般道が並走
する形になっている。これがなかなか面白く、そこを歩くと2つのICを真横からあるい
は俯瞰するような感じで見ることができる。実は山口広助氏の番組で知ったことだが、
これはぜひ自分の足で歩きたいということで行って見た。興味のないヒトには全く分か
ってもらえないとは思うが、ちょっとでもご興味の方はぜひ一度どうぞ(^o^)/
途中
では高速道の下をくぐるトンネルなどがあり、千と千尋の道に続くような( ¨) こし
き岩バス停辺りに車を停める場所があり、そこから片道一時間くらいで,田上まで地図
の通りに行ける。途中には地元のヒトもあまり知らないという落差5mの轟の滝がある。
農作業中のお爺さんに滝の入口を聞いたが知らなかった。でもおばあちゃんの方が丁寧
に教えてくれた。帰り道、またお会いしたのでお礼を言った^◇^; 20170926
こしき岩公園
甑岩
途中の展望
北浦着
北浦バス停
遅いランチ
轟の滝
茂木→飯香浦
早坂&田上IC巡り