小ヶ倉八幡神社→小ヶ倉岩峰→子午線→大久保山→金鍔洞窟

小ヶ倉八幡神社から小ヶ倉岩峰,大久保山,金鍔洞窟を廻った。八幡神社から尾根伝いに進むのが本

来のルートなのだと思うが、前日までの雨あるいは藪などのため、今回は迂回するルートをとった

ということだった。せっかくだから私も岩峰の手前までは進んだけれども、切り立った岩峰はとて

も怖くて登れず。10名くらいの方は登っていた。高所恐怖症でない人には何でもないことなのだと

思うが、高所恐怖症の身には岩峰を下から見上げるだけで立ち眩みを覚えた。その後、大久保山へ

のルートに戻りカヤだらけの広場に出てそこでランチ。大久保山に向かう途中に子午線などを通過

した。大久保山頂には案内板が立っているだけで今も昔も展望はない。帰路は女神大橋のふもとま

で降りた後、金鍔洞窟を見学して解散した。20240208

小ヶ倉岩峰ダン菊の最後

小ヶ倉岩峰集合!

子午線寒椿

小ヶ倉岩峰,大久保山

大久保山→神崎神社→天門峰→女神大橋

神ノ島には、昔からキリシタンが多く潜伏していた。戦後埋め立てられて陸続きとなり、現在では

気軽に車で行き来できるようになった。船から長崎に入ると、港の玄関口の左手に航海の安全を見

守る純白のマリア像が出迎えてくれる。

今回は、女神側の大久保山から男神側の天門峰(しらと)への架け橋(女神大橋)を通って神崎神

社の一の鳥居からお詣りしてみた。大久保山へは7年前には台場から登ったけれども、お初の道で

上戸町に近い登り口から登った。最初は整備された山道が続いていたが、どうも途中でマイナーな方

に行ってしまったようだ。テープなどもしっかりついていたから山道ではあるのだろうけどあまり

使われていないのだろう。ロープ区間もあったが非常に厳しい。四苦八苦して何とか登りついた場

所から振り返ると、もう少ししっかりとした新しい黒いロープが見えた。そちらがメインの道だっ

たのだろう。難所を過ぎたら割に平坦でしっかりとした道が続いて山頂に着いた。相変わらず展望

は全くない。その後は、ロスタイムを取り戻そうと、またえらく寒かったのでかなり速足で女神大

橋を渡り天門峰,障子岩山経由で西泊中学校に出て神崎神社へ。いったん一の鳥居まで降りて、20年

ほど前に通った記憶がある場所まで行ってみた。しっかりと南京錠がしてあり現在通行止め(-_-;)

対岸のモアイ像を見た後、正式に!一の鳥居から神崎神社へ登り、女神大橋を渡って戻った。

それにしてもハヤ過ぎかな。寒かったしちょっとしたトレラン。 20230223

大久保山から天門峰への架け橋を通って神崎神社一の鳥居からお詣り

ここから登る大久保山

女神大橋狐と女神大橋

モアイ像締め切り

大久保山(魚見山台場)

長崎はツルの港とも呼ばれるが、かつての埋め立て前の地形があたかもツルが羽ばたいたように見

えるからと言われる。その当時は、鎖国(この言葉も厳密に言えば後付け)時代のためもあるし、

現代の日本よりもよほど外国に対する危機意識は高かった。そういった背景から、ちょっとした山

や小高い丘の上には、遠見番所と台場(大砲が海に向けられていた)が存在する。少しでも胡乱な

船が近づいたら、各地の番所からたぶん手鏡などで知らせ、場合によっては大砲でズドン!という

目的のためである。で、その代表的な台場である魚見山台場を見るために、女神大橋の下辺りにあ

る、魚見岳台場という登山口から登った。随所に立て札がありはするが、山を登るに当たっては、

赤いテープが頼りという場合いが多い。加えて地図とコンパスは必須アイテム。30分ほど登ると御

石蔵というものがあった。まあ文字通りいろんなモノをおさめる蔵なのだろう。さらに登ると三段

構えになった三つの台場があった。木々が覆いかぶさっておりかつて海を監視した面影は木の間か

らかろうじて見える。さらに登ってゆくと大久保山山頂に出る。330mくらいの山だと若干甘くみた

のか、下山時にマーキングを見失ってしまいコンパスと地図を頼りにどうにか上揚バス停のあたり

に降りついた。総行程一時間半。一人登山はハラハラドキドキ。どこそこに「マムシ注意」や

「イノシシ注意」という張り紙もあった。怖いけどなかなか面白かった(´o`;) 20160517

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