岩屋神社→左尾根→分岐→寄木→岩屋山→紅葉街道→虹ヶ丘分岐→神社

久々に岩屋山山行に参加。今回は集中登山ということで4つのコースに分かれて岩屋山頂

集合!私は当初右尾根コースだったのだが、諸般の事情で左尾根からスタート。

自宅から車で50分くらいかかるということもあって、今まであまり参加してこなかっ

た岩屋山へ初めての左尾根からスタート。分岐→寄木など聞いてはいたがお初の道は

新鮮かつ充実した登山であったように思う。コース参加者4名が健脚ぞろいだったためか

1時間で山頂に着いた。待つこと1時間くらいで全員集合したので、防火広場へ移動して

昼食休憩。紅葉の季節ということで、帰路は紅葉街道へ向かう。これも初のコース。

大きな杉の木に狭間に植えられたモミジたちは日光もあまり射さないためだろうか成長

が悪く紅葉の度合いも今ひとつ。

山頂は多くの登山者で賑わっておりPM数値の低い晴天だったため普賢岳はおろか阿蘇山

の噴火煙まで見はるかすことができた( ¨)また、まあ様々なルートがあるものだと驚いた。

ちょっと遠いけれども、もう少し歩いてみたくなった。岩屋神社に下りた場所の銀杏が

見事に黄葉していた♪ ゴール後、Iさんから沢山のミカンとリンゴを頂きました。

ありがとうございましたm(..)m 20211128

1006岩屋神社(左尾根),1022分岐,1039寄木,1106岩屋山,1300紅葉街道,1349虹ヶ丘分岐,1412ゴール

十郎岳→岩屋山→舞岳→巻道→運動公園

運動公園に車を停めてUさんとスタート。20分ほどで十郎岳に着いた。248mの標高だが、

運動公園が眼下に見え稲佐山や伊王島なども見える。ただ黄沙が視界を邪魔して明瞭と

は言えなかったのが残念。十郎の謂れを調べてみたが不明。岩屋山までは1時間ちょいで、

そこからいったん北西へ降りて鞍部に向かう。分岐から式見方面へ岩屋山を巻く感じで

小1時間歩くと舞岳分岐に着く。途中の林道はブルによる間伐が行われていた。標高

252mの舞岳はかなりの急登で息も絶え絶え。山頂には舞岳城址とあり近くには武の神様

の八幡様の祠あり。おそらく大村藩の防衛上の拠点だったのだろう。城址ということは

城の土台の跡ということだろうが「址」であるべき漢字がたぶん間違って跡のへんが書

かれていた^_^;

さて、今回の主たる目的は舞岳から式見ダム方面へ降り途中で東へと巻いて分岐に向か

うルート。地図には点線で書かれているがマイナーな道のようで、古いテープと踏跡の

うっすーい道だった。次に来るときのためにも、赤テープで分岐の辺りなどに何個か巻

いてきた。舞岳分岐辺りに木耳の群生があったので二人して喜び収穫し、帰宅後竹輪と

合わせて炒め美味しく山の恵みを頂いた♪ 総歩数17600歩9.0km。楽しかったですね、

Uさん^◇^ また岩屋山周辺では山の会の方と何か所かで遭遇した。梅雨の晴れ間に、

どこそこ歩かれているようだ。皆さんお疲れさまでした(^o^)/ 20210525

1005運動公園,1026十郎岳,1135岩屋山,1330舞岳,1419巻道,1443運動公園

運動公園→十郎岳→岩屋山→舞岳→運動公園

例によって、広助さんの放映を見て行きたくなって山友さんと行ってきた。柿泊運動公

園の真向かいの「こんな所から?」という登山口。10分も登ると十郎岳に着く。 200m

程度の標高だけれども運動公園など四囲を睥睨できる絶景♪そこからはひたすら岩屋山へ

と岩だらけの道を歩く。割に混みあっていたので、一服茶屋と呼ばれている場所で昼食

をとり式見ダム舞岳方面へ。最後の急登がきつかったが何とか舞岳へ着いた。かつての

城址らしく大村純忠より賜るとあり東西57間南北35間(100m×63m)の広さ。そんなに

とれるかなあと思いつつしばし時代を馳せてみる。そこからは式見ダム方面へと同行の

Oさんと駆け降り、バスに飛び乗って運動公園へ。お疲れさまでした。 20210223

岩屋山ファミリーコース

快晴の寒い日、標記の山に登ってきた。名前の通り起伏はきつくないが、何しろ寒か

った。歩いている分には左程でもないが、ちょっとでも立ち止まると震えるくらい。

山頂の気温は1℃、結構雪が残っていた。人気のお山だけに、ウィークデーでも登る

人は多い。帰路は、山の北側を通るためさらに残雪融雪が多くぬかるむけれども、

ちょっと足を延ばしてタッチ岩と称されている岩にタッチして帰還。程よい行程の

マイルド登山4時間18000歩♪ 20210219

大宮町→第二尾根→レイコ岩→裏尾根→岩屋山

山の会で標記企画があり、また岩屋山山行に参加した。合計18名、岩登りなどがあり

面白かったが、高所恐怖症の身には若干いやかなり怖かった。大宮町バス停に集合し

トラバース(斜面を横方向に横断すること)して通称北栄尾根にとりついてほぼ岩屋山

真下まで登り、そこから一気に沢まで下った。そこから第二尾根を登りレイコ岩と呼ば

れる岩に行くのだが、絶景ではあるがこれがまあ難所。這いつくばりながらの岩登りで

とても下を見ることはできない。なぜレイコかというと、数十年前にその登頂ルートを

発見した人の命名とか。そこから裏尾根と呼ばれる尾根を通って岩屋山に行くが、途中

にまたまた怖い崖が!これがまた怖い>_< 前回降りた4尾根というやつが私には合っ

ているようだ。レイコさんには申し訳ないが今後はご縁がなかった、ということにする

かもしれない^_^;

岩屋神社に降りたら、執行部のMさんが次回山行企画の掲示板を見せてくれた。Oさんの

ご主人が作られたらしい。ものすごく上手♪立派!山を歩く人の大きな指標になること

と思う(^o^)/ 1000大宮町,1140レイコ岩,1430岩屋山頂 20201019

第三尾根→岩屋山→第四尾根

岩屋山は正面ルートやファミリーコースしか経験していなかったが、私が行かなかっ

た山の会企画のマイナーなルートに行かないかと山友さんからお誘いがあり行ってき

た。同行は4名。岩屋神社に集合し、Nさんの車で滑石大山公園辺りに向かい登山 開始。

行きは仮称第三尾根を登る。大変険しいルートで途中には高所恐怖症の身には地獄のよ

うな場所を通過して何とか75分ほどで山頂着。昼食の懇談をした後、帰路は第四尾根に

向かった。ところがこれに難儀した。北西尾根を降りる岐路に第一〜四尾根があるのだ

が、尾根と言いつつ第四尾根の降り口は谷から入るのである。その勘違いでこの辺りを

4回くらい行ったり来たりして、最後にとにかくここを下ってみよう!と行って見たら

すぐに尾根に取りつくことができて比較的穏やかな尾根下りで元の場所に着いた^_^;

何度も往復した時には、Uさんたちには申し訳ないけれどもNさんと二人「どのルートで

もいいから早く降りようよ」と言ったりした´Д`; 最後のオチは、Nさんの車にスマ

ホほかを忘れたこと(これについては別項参照)。結果的には大変面白かった♪

解像度が低く圧縮した記録写真を列挙するが怖さも臨場感も全く伝わらない。これはも

う行ってみるしかない(^o^)/ 皆さんありがとうございましたm(..)m 

1100スタート, 1220岩屋山, 1530ゴール  20201007

岩屋山

真夏の暑い日、表記の山に行ってきた。岩屋山には実に様々な道,コースがある。今回は

ファミリーコース。前回とはまた違うが、その名の通りなだらかでお年寄りや子供にも

楽に行けるのだと思う。山頂に温度計が置いてあるが27度を指していた。汗だくで登る

ためそれほど涼しくは感じなかったが、岩屋神社に降りてくるにつれ暑さはグングン増

してきた。やっぱりお山の頂上は標高にもよるがおおむね数度以上は涼しい。トンボが

いたのでパチリ。日曜日の岩屋山だからと、駐車スペースのことも考えて結構早く行っ

たが、暑くなると予想されていたためか思いのほか登山者は少なかった(同行メンバー

は一般含め18名)。帰路,車外温度は今夏最高の37度を指していた。20200817

岩屋山

自宅が長崎市の南部ということもあって、北部方面の山に登ることは少ない。今回の山行

計画は,岩屋神社集合解散だったこともあって参加してみた。岩屋山へは2回行ったこと

があるが、どちらも直登ルートだった。今回は山をぐるっと迂回する穏やかなコースの

為、まるで林道歩きのようなのんびりした道で歩きやすかった^_^; 南部では八郎岳に登

る人が多いと思うが、その比ではなく頂上は登山者であふれているような感じ。まず山

岳信仰の祠に手を合わせて絶景のご褒美をしばし味わった。なぜか温度計とハンガー

が木にぶら下げてあった。またシャガやツリフネソウ?などの山野草が咲いていた。標高

475mの山を5キロ13000歩のマイルド登山。20200415

浦上街道

長崎駅前に26聖人碑があり、そこから時津まで浦上街道が続いている。キリスト教を

棄教できず処刑されるために26聖人が引かれて行った道でもある。途中では街道を

見事に分断する形で新幹線が建設されつつある。数年後には景色も一変するので、

その前にぶらりと歩いて写真を撮ってきた。10年もするとこういう景色だったよねえ!

となるかな。いかにも長崎という西坂小学校に向かう石段なども他県人には面白い。

街道が分断されたすぐ近くに生目八幡があった。その昔、目が良くなったなどの功徳

を示したと伝えられている。稲佐山を背景にして一枚。帰りは長崎駅西口方面へと行っ

てみた。開発真っ最中の西口風景beforeもパチリ。  20201029

松ヶ枝から街ブラ

林道やらの郊外地の歩きが多かったが今回は街ブラ。前回ANAホテルの手前に佇んでいる

新旧の景観などと書いたがその旧館はもう更地になっていた。定点観測的に眺めると、

街の景観も数年で結構変わる。相変わらずなのはグラバー園下の暗渠的なボート係留

風景。でもこれも10年後には変わるのかも。コンビニが耳鼻咽喉科になっていたり新し

い建物の前は何が建っていた?と思う場所も多々。築町辺りを歩くともう数十年放置さ

れている廃墟。あれは何故かくも長きに渡って廃墟のままか?どなたか知りませんか?

出島表門橋を渡って出島に入ってみた。何回も見てきたが、青銅砲なんてのもあった。

その頃のダイニングとかもね。今の港の埠頭にはMSC スプレンディダ13.8万トンが威容

を誇っていた。  20181110

松ヶ枝-筑後町-松ヶ枝

何回も歩いたコースだが、今回は長崎の街を歩いてみようという目的で、松ヶ枝-筑後

町-松ヶ枝をブラブラと歩いてみた。長崎ではもう作られない豪華客船の一つである

サファイアプリンセスが寄港していた。やっぱりこの船は優雅だなと思いつつもう作ら

れないのかという感懐もありつつ、出島ワーフを通過。ここいらで内側に入って、致遠

館跡へ。フルベッキが、新約聖書と合衆国憲法をテキストとして英語を教授したところ。

大隈重信や副島種臣といった、明治の元勲たちもここで学んでいる。大村藩屋敷跡や

古町教会などを横目に見て筑後町へ。横道をブラブラして、長崎で港まで鉄道が来て

いた名残の場所などを見ながら松ヶ枝に戻ってきた。行きも帰りもサファイアプリンセ

スが停泊していた。いろんな角度からみてやはり優雅!長崎は港の街だなと改めて実感

した。ここいらで9000歩になったが、せっかくなので一万歩を目指すべくそこいらを歩

いた。日本で最も古い商館の一つがANAホテルの手前に佇んでいる新旧の景観。石橋

電停を川(半暗渠)側から見つつ、グラバー園へのスカイロードあたりまで来たところ

で一万歩達成。  20161012

浦上川散策

長崎県庁から浦上川を活水高校方面へと歩く川べりの道の散策は風も気持ち良く景色も

面白い。外観はほぼ完成したMICE施設を右に見ながら、川風にあたりながらぶらぶらと

歩く。ジョギングしていたりなど優雅なひととき。ただ今日は若干暑かった。秋はそこ

まで来ているがまだまだ日中の散策は汗ばむ。車を県庁に置いたので、大規模接種が行

われていたのをちょっと覗いてみた。水曜日の今日はあまり集まっていないように見受

けられた。20210915

城栄町界隈

ここのところ、腰痛のためなかなか歩く気分にならなかった。昨日は少し腰が軽い感じ

がし晴天にも誘われて、ヤマダ電器に車を停めてじゅうじゅう焼き肉を食べて散策と思

っていた。が、何故か高校生とおばさんたちが行列をなしていたので、あきらめて止む

無くリンガーハットで食べた。その後ビッグN辺りをあるいてわかったが、波佐見高校

とどこやらが試合をやっていたためだったらしい。歩き始めると腰が痛くて、無理かな

と思ったが歩いているうちに大丈夫?な感じになり8500歩約6キロ歩いていた。市民

プールやビッグN辺りの浦上川散策をすることがなかったので、それなりに面白かっ

た。でも焼き肉も食べたかった。リベンジだな´o`;   20180515

護国神社,渕神社,悟真寺...

各県にはだいたい一つ「護国神社」がある。国家のために殉難した人の英霊を祀るため、

政府が制定した神社である。代表格は、言わずと知れた靖国神社だが、長崎では城栄町

のてっぺんに存在する。知っていたが行ったことはなかった。で、今回はここを中心に

淵神社とか、かつて海であった周辺の散策。とんでもない崖の横のアパート?なども往

時の様子が垣間見えて面白い。現在の西高校は、かつて瓊浦中学だったとかもね。活水

高校もだが、かつてはこういう高台に陸軍基地があったことも知られていないのではな

いか。でも、そういった神社仏閣ほかの建築物は70年前に浦上川向うに落とされた凶器

の爆弾で一瞬で吹き飛ばされ破壊し尽されてしまった。   20160509