天神山,遠見岳,魚見岳−本番山行

曇り予報の中、一般参加者3名含め17名での香焼探訪、歴史と炭鉱の町歩き。雨も降らず何とか無事に貫徹。10日

前に下見を行っていたので、迷うこともなく17名を引率!できたかと思う。一般参加者の中に、前例があるか不明

だが、小4の女の子連れの女性アリ。結果は、大人よりもはるかに元気で何の問題もなく,それどころか私がアスフ

ァルト道を進もうとした地点で「右に山道があるね」と教えてくれた。お母さんは41歳。日曜日しか参加できない

と言いつつ入会の意思が強いと思われた。もしかしたら、小4の女の子も一緒?運営委員会で協議しないといけな

いかな?まあそれも嬉しい悲鳴。参加された皆さんお疲れ様でした(^_^)ノ  20261012

11000歩,5.3km,のぼり320mくだり323m     お大師様と炭鉱と 薫風の香焼歩き 隆

天神山,遠見岳,魚見岳

10日後に山行があるので、「香焼歴史散策&低山歩き」下見に行ってきた。本番はバスの関係で香焼本村スタート

だが、今日は車なので伊王島辺りに停めて伊王島大橋スタート。タヌキ掘り跡を歩いて香焼恵里に出て、春はチュ

ーリップが咲き誇る安保に降りる。そこから片道通行のトンネル上部を歩いて丹馬から魚見橋を渡り魚見岳へ。今

はほぼ誰も訪れないであろう展望台へ。香焼を一望し住む町や野母半島を望む。次に向かうのは遠見山。香焼山と

書かれた鳥居をくぐって、長い長い石段を登って弘法大師が訪れたと伝わる円福寺へ。香焼町は海に囲まれ、石炭

業と造船業と共に歴史を築いてきた町。歴史を遡れば遣唐使として中国に渡った弘法大師・空海の伝説に行きつく。

入唐の折、暴風に遭い当時は島であったこの地に避難。そこで弘法大師は御香を焚いて仏に感謝し祈りを捧げたと

いわれ、その時の御香の芳しい薫りが洞窟内に染み渡ったので、その巌山を香焼山、島を「香焼島」と名付けたと

伝わっている。円福寺からさらに石段を登ると、洞穴の祠や銅鑼などを経て奥の院の祠に着く。手を合わせてさら

に左に進むと「遠見番所跡」という看板があり地図上ではその先に進めるハズだが藪が深く進めそうにないので

断念。戻って、前回はアスファルト道を通ったし今回もそうしたが、関所があって封鎖されていた。仕方なく乗り

越えたが、その先に何やらバイパスルートがありそうなので行ってみたら奥の院辺りに出ることができた。次に行

くのは天神山。香焼総合公園内の展望台下に三角点と山頂案内がある。伊王島大橋ができる際には、ここから定点

観測して毎日のように写真を撮った場所。歴史散策&低山歩きと書くと簡単そうだが、なかなかハード。まあね、

私がちょっと早歩きだからか。本番はもう少しゆっくり歩きます ご安心ください(^_^)ノ   20261001

香焼超低山3座 天神山,遠見岳,魚見岳

香焼は、昔は島だった。低山が4つあり 3年前に踏破しているが、今日は高岳以外の3つを歩いた。実は、先日広助さんがテレビ

で紹介しており、前回私が歩いたルートではなかった。ということで、だいたい香焼一周。低い山ばかりとはいえ上がって下が

っての石段が多くて結構キツかった。近場の歴史と炭鉱の町香焼   13200歩,6.4km,のぼり381mくだり382m, 20260416

香焼超低山4座 高岳,天神山,遠見岳,魚見岳

最近、近場の低山歩きを行っているが、今回は香焼の超低山4座。でも、舐めたらあ

かんぜよと思った。最初の高岳にうっかりスニーカーで行ったため最初から後悔。でも

戻るのもしゃくなので続行!何とか鉄の階段と高圧鉄塔をくぐって山頂着。山頂マーク

をみつけるのにちょっと歩き回った。一旦車に戻り、登山靴に履き替えて残り3つもク

リアー。天神山は20回は行ったことがあるが、YAMAP起動では初登頂。ほかは全部お初

遠見岳は、円福寺の階段を登る。2回ほど途中までは行ったことがあるが、山頂までは

今回が初めて。なかなか秘境的な雰囲気もあり存分に楽しめた。魚見岳は、月に一度

通院している伊王島に行く時に下を通っており、いつか行ってみたかった場所。遠見岳

の横に来てツーっと道があるがYAMAPに従って進んだ。ここ?という道も途中にあった

ので文明の利器がなかったら、かなり難儀したと思う。7.7km 14000歩  20230129

高岳登山口鉄の階段

円福寺高岳山頂

深堀歴史探訪

ふるさと歴史探訪という企画にのって、かつて住んで居た深堀地区を巡った。住んでい

たといっても、わずか半年。その間に勤務先や娘たちも小学校に順応することができた

かな?という期間でもあった。あれから約30年。娘たちはそれぞれ結婚し子供ももうけ、

息子も結婚した。私は退職し今は山や街を歩きつつ、時に投稿し調理師学校で教えたり

している。さて、深堀。長崎で、というか九州でも有数に古い歴史を持つ街。深堀と

いう名前の由来、三浦氏や鍋島氏との関わり、唐とのつながりさらに21人の義士のこと

など。大変勉強になった。歴史というのは、かつてのヒトの営みの記録あるいは伝承で

ある。多少の誤りや誤記あるいは誇張などもあるだろうが、そこには間違いなく人間の

息吹がある。ぶらぶらと歩きつつ、かつてのそういったよもやまに思いを致す。健康に

も良い。やっぱり歩きは面白い♪ 20191013

深堀さるき

10回に一回くらいの割合で家内同行でさるいている。今回は、例によってフレスポ深堀

に車を置いて散策開始。城山登り口にもなっている深堀中学校辺りまで行った後深堀界

隈をさるいた。歴史のある街だとは判っていたが、縄文弥生の頃からのしっかりとした

遺跡遺構があり「深堀貝塚遺跡資料館」があることを初めて知った。日本の成り立ちと

いった本も最近良く読んだりしているが、石棺があり土器があり武器がありと、いやあ

ためになるねえ!2000年前のことごとや生活が目の前に現れるような気さえしてくる。

その後、港辺りまで歩き25年前に住んで居たアパートと娘たちが通っていた小学校辺り

をぶらぶらと歩いて10000歩超。健康的で知的かつ郷愁と。。  20180209

深堀−香焼

数日、寒さと雪と雨に閉じ込められていた。久しぶりに近場の散策で、深堀−香焼を歩

いてみた。フレスポ深堀に車を置いて散策開始。何やら由緒正しそうな龍宮社という神

社があった。もともとは、地域の人々の集会場として使われていたらしいが言われは不

明。次に八坂神社?個人が建てた神社のようで坂の上に鎮座されていた。そして、 2年

前の記載の通り25年前に半年だけ住んでおり、今二人の子を持つ母となった長女を 筆頭

に三人の子供たちを育てていたアパート。何だか懐かしい。次いで香焼口と岩崎鼻とい

うバス停。ここら辺りはかつて海だった所で、三菱が埋め立てて工場とした土地。約1

キロのまっすぐな道路を往復したりの散策でだいたい10000歩。寒いので時々小走りし

ながらの程よい負荷になった。背景の山は2回ほど登ったことのある城山。20180130

深堀散歩

長崎に来て最初に住んだのは深堀だった。わずか半年ではあったが、3年生,1年生,2歳の

三人の子どもたちを連れての引っ越しと新たな生活だったので強く記憶に残っている。

久しぶりにぶらぶら歩いてみると知らなかった場所のオンパレード! 歴史的には非常

に古い街なので見応え十分。深堀武家屋敷跡、深堀神社.....    20160418

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