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〈平成時代(1)〉

1989(昭和64、平成01・01/08)【今上】 己巳(つちのとみ)

  《総理大臣》[第74代]竹下登(→06/03)、[第75代]宇野宗佑(06/03→08/10)、[第76代]海部俊樹(08/10→)
  《知事》[第49代(公選11代)]高田勇
  《市長》[第27代]本島等

  01/05出島町の旧出島神学校に長崎市歴史民俗資料館本館を移転開設
     1997(平成09)08/01上銭座町の旧長崎県社会保険診療報酬支払基金事務所に移転。分館と統合して開設
  01/07昭和天皇が87才で崩御
     01/0701/16各自治体が弔問の記帳所を設ける
     01/0701/09長崎の商店街が喪に服し弔旗をアーケードの天井に掲げる
     歓楽街もネオンを消し休業、自粛をし、パチンコ店も休業するなど哀悼の意を表する
  01/07平成に改元
  01/上五島石油備蓄基地が世界初の洋上備蓄基地として完成。約440万竏(88万竏×5基)
  02/22(社)長崎歴史帆船協会が発注した復元帆船が完成し福州市を出港
     1989(平成01)04/29復元帆船「飛帆(フェイファン)」が長崎入港
  02/株式会社長崎相互銀行が長崎銀行と改称
     1992(平成04)本社建物の窓枠や外壁の大幅な外装改修を行なう。裾周りや入口に石積みがなされる
  03/01平日準夜急患診療所を市内新地町の長崎市医師会敷地内に開設
  03/20長崎県営バスが阪急観光バスと共同運行で長崎駅前〜大阪(梅田/阪急三番街)に夜行高速バス「ロマン長崎号」の運行を開始
     長崎県営バス初の夜行高速バスで、公営交通が運行する唯一の夜行高速バス
  03/諫早の小野地区に「諫早干拓資料館」が開設
     施設は国のモデル木造施設建設事業で建設
     柱を使わないフレーム架構式の構造で16糎×80糎の大断面集成材を長尺物(16米)として用いる
  04/01中川2丁目〜馬町の国道34号の道路拡幅工事が完成。幅35米、4車線。供用を開始
  04/20長崎と熊本を九州横断自動車道、九州縦貫自動車道で結ぶ高速バス「りんどう号」が開設
     6往復(産交3、県営3)
     1991(平成03)04/208往復(産交4、県営4)に増便
     1992(平成04)07/2110往復(産交5、県営5)に増便
     2002(平成14)06/9往復(産交4、県営5)に減る
     2006(平成18)06/8往復(産交4、県営4)に減る
  04/21西彼杵郡外海町大字黒崎下黒崎郷に外海総合公園(5万0345平方米)が開設
  04/29復元帆船「飛帆」が長崎入港
     全長31米、全幅8米、マスト高26米、喫水2.5米、総瓲数106瓲
     1999(平成11)10/01「飛帆」が(社)長崎歴史帆船協会から長崎市に譲渡
   04/29キハ183系特急気動車「オランダ村特急」が483系電車特急「有明」との併結運転が開始
     鹿児島本線の線路容量の関係で、日本で初めて電車と動力協調運転ができる気動車となる
     1992(平成04)03/「オランダ村特急」が廃止となる
  04/有限会社マイティー・スパロウが設立
     1989(平成01)07/「One Shot Bar「BLIND LEMON」がオープン
     1990(平成02)04/浜町に「居酒屋 きゃべつ」がオープン
     1996(平成08)10/銅座町に「趣肴旬菜 吉里吉里屋」がオープン
     1997(平成09)03/築町「CAVEAU」が「ビストロ CAVEAU」としてリニューアルオープン
     2000(平成12)04/夢彩都4階に「海の見えるレストラン Restaurant SAKURA HOUSE」がオープン
     2001(平成13)01/新地町に「飲茶 点心 中国粥 桃花源」がオープン
     2001(平成13)10/鍛冶屋町の「櫻ハウス」が「旬魚旬菜 山や海屋」として営業再開
     2003(平成15)07/常盤緑地内に「水辺の公園レストラン」がオープン
  04/住吉中園商店街振興組合が建設していた中園町側アーケードの未設置部分の第3期工事が完成
     全面式49米、片側式84米
  04/株式会社唐草が長崎の特産品のびわを使った新しい銘菓「枇杷かすた」と「らん・プティ」を発売
     株式会社唐草は九州銘菓「長崎物語」や「おたくさ」「出島蘭館」などを販売
     1999(平成11)03/「出島蘭館」をリニューアル、発売。出島貿易時代に伝わったチーズ、チョコレートを素材に全てを一新
  05/15小江原4丁目330-324に小江原台東公園(1072.38平方米)が、西琴平町17-4他に琴平中公園(567.71平方米)が
     かき道4丁目2000-1に矢上団地第5公園(2040.24平方米)が、住吉台町159-48に住吉北公園(454平方米)が開設
  05/風頭山公園奥に坂本龍馬像が建つ。制作は山崎和国
  06/01長崎県営バスが長崎「旅」博覧会のキャンペーンカーとしてロンドンバスを運行
     〜1990(平成02)11/04
  06/諫早島鉄パーキングが営業を開始
  07/08中央に支配されない長崎独自の平和集会「第1回ながさき平和大集会」が開催
     秋月辰一郎の呼びかけによる
     平和会館に45団体、約500人、原発賛成派から反対派まで集まり実現
  07/22長崎県営バスが長崎〜呼子間に高速バスの運行を開始
     1990(平成02)12/01長崎〜呼子線が0.5便増便し1.5便となる
  07/第3セクター「ルネサンス長崎・伊王島」がオープン
     2002(平成14)リゾート施設「ホテルエスパーニャ」(旧「ルネサンス長崎・伊王島)が閉鎖
  07/マイティー・スパロウグループ「One Shot Bar〈BLIND LEMON〉」がオープン
     1990(平成02)04/浜町に「居酒屋 きゃべつ」がオープン
  09/21長崎バス(株)と名古屋観光日急が共同で長崎〜名古屋線に夜行高速バス『グラバー号』の運行を開始
  09/29三重地区京泊町に新長崎漁港が完工
     総工費820億円が最終的に1300億円の巨費を投じる大事業に
     旧水域より26倍、用地で36倍の巨大な面積をもつ
     1万瓲級の船が接岸できる岸壁、魚市場、近代的な水産関連施設、船員福祉施設、商店街が整備
     人口2万人の漁港ニュータウンも造成
  10/01市制100周年記念事業の一環でシーボルト記念館が開館
  10/02京泊町に地方卸売市場長崎魚市場が開場
  10/03長崎県営バスと京阪バスが共同で長崎〜京都間に高速バスの運行を開始
     長崎→京都「きょうと号」、京都→長崎「ながさき号」
     1991(平成03)07/09高速バス京都線が枚方市に停車するようになる
     2001(平成13)03/ 長崎〜大阪線の「オランダ号」を京都延長の形で統合し廃止に
  10/「長崎くんち」(4)…東浜町(竜宮船・本踊)、築町(御座船・本踊)、
     銅座町(南蛮船)、八坂町(川船)、[特別参加]籠町(龍踊)
  10/「長崎ケーブルテレビジョン株式会社」(NCTV)が自主放送・自主制作開始
     1991(平成03)03/ハイビジョン実験放送を普通のテレビで視聴できるよう実験開始
     全国のケーブルテレビに先がけての実験
  11/30西九州自動車道「武雄佐世保道路」のうち武雄南IC〜波佐見有田ICが供用を開始
  11/株式会社リンガーハット佐賀工場鳥栖分工場に日本初のキャベツ水流カット設備を開発設置
  12/長崎市田中町の東洋軒製パン所が改組。株式会社東洋軒となる。資本金1000万円
     1999(平成11)04/本社を長崎県諫早市に移転
  市内の主要道路に愛称がつく
     出島通り(出島町〜銅座町・250米)、福建通り(新地町〜籠町・260米)、
     唐人屋敷通り(籠町〜館内町・320米)、大浦海岸通り(新地町〜松が枝町・800米)、
     オランダ通り(新地町〜松が枝町・610米)、グラバー通り(松が枝町〜南山手町・900米)、
     オランダ坂通り(常盤町〜大浦1丁目・620米)、大浦石橋通り(松が枝町〜川上町・670米)、
     松が枝通り(松が枝町〜松が枝町・300米)。以降、順次、名前がつく
  三菱の中島会館がトレディアホテル中島に名称を変更
  馬町交差点〜西山高部水源地の1680米の道路拡幅工事が完成
     幅員7米から4車線22米に。総事業費104億円。1971(昭和46)着工
  大浦町の時中小学校が中国語学校として再出発
  長崎バス(株)全営業所に小田原機器のRX-FA2型自動読み取り式運賃箱が導入
     運賃と投入額の表示は、上向きに設置される
     当時実用化が開始された磁気式バスカードに対応しており、運輸省からも補助金(バス活性化の補助)が交付
     運賃精算の際には、バーコードが印刷されている整理券で運賃を読み取り、読み取られた運賃をカードから差し引く方法
     のちバス事業者共通の回数券がある中、他社での磁気式バスカード導入もなく、自社専用のバスカードは利便性に欠ける
     2002(平成14)小田原機器RX-FAN自動読み取り式運賃箱の長崎バス(株)仕様が全営業所へ導入
     RX-FANは長崎スマートカードと同時に導入されたタイプ
     カードリーダーを直接運賃箱に組み込み、運賃と投入額の表示が斜め横向きになる
     投入した整理券などを運転者・乗客双方が確認できるので旧型よりも見やすくなる
     旧型で対応していた磁気式バスカードは使用不可に
     2002(平成14)12/31磁気式のバスカードが発売中止
     ICカード式の長崎スマートカードが導入、ICカードに対応した新型運賃箱に置き換えられる
  ダイヤランドの造成工事が完了
  魚市場が三重の長崎新漁港に移転したため蒲鉾型の旧魚市場が解体
  魚の町、日赤会館内の長崎県赤十字血液センターが浦上貯水池横の市有地に移転。総工費約5億円
     血液需要増大のための手狭さ、検査機能の充実を図るため
  油木町の市立長崎商業学校跡地に県立総合体育館が完成
  五島観光歴史資料館が開館
  長崎県が整備する都市計画道路浦上川線の事業区間のうち、第1期の松山町−茂里町(約920米、幅25米)が完成
     事業区間は長崎市松山町−元船町の3.25粁。総工費約590億円
     2008(平成20)03/29午前6時、長崎市幸町−元船町(約1.5粁)の区間が一部供用を開始
     長崎駅前の慢性的な交通渋滞の緩和効果が期待
     残り茂里町−元船町(約2.3粁)の3工区に分かれているうちの一部
  小江原ニュータウンが完成
  西海町に第3セクターにより仏教系テーマパークとして「西海楽園」がオープンする
     1990(平成02)04/01園内に高さ40米の七ツ釜聖観音が建立
     2007(平成19)09/18第3セクター西海楽園が閉鎖
  亀山社中跡の保存公開を求める機運が高まり、地元住民らが「亀山社中ば活(い)かす会」を結成
     長崎市伊良林2丁目に「亀山社中跡」が一般公開を開始
     所有者の会元副会長から土地、建物の一部について無償で借用し、会の運営で土、日、祝日に公開
     2006(平成18)03/18「亀山社中跡」が閉館。一般公開を終了
     所有者が死去し公有化に向けた協議が進まなかったため
     2006(平成18)04/01「亀山社中」跡といわれる建物に代わり、近くの伊良林2丁目に「亀山社中資料展示場」がオープン
     同会は長崎さるく博の対応などに当たるため、社中跡から200米離れた空き家を借りる
     従来展示してきた龍馬ら幕末の人物の写真や資料など約130点を移設した。広さは約27平方米で以前より少し広くなる

1990(平成02)【今上】 庚午(かのえうま)

  《総理大臣》[第76代]海部俊樹(→02/28)、[第77代]第2次海部俊樹内閣(02/28→)
  《知事》[第49代(公選11代)]高田勇(→03/01)、[第50代(公選12代)]高田勇(03/02→)
  《市長》[第27代]本島等

  01/18午後3時頃、長崎市長の本島等(67)が市役所正面から公用車に乗り込もうとしたとき、
     長崎市に本拠地を置く右翼団体所属の田尻和美(40)が隠し持っていたピストルを至近距離から狙い撃ち
     本島市長は倒れ病院に搬送。田尻は周辺にいた市関係者らが取り押さえ警察に引き渡される
     病院に搬送された本島市長は緊急手術を施される。22口径の銃弾は右胸を貫通、致命傷には至らず3か月の重傷を負う
     市議会で本島市長は「天皇にも戦争責任はあると思う」と答弁。以来、市長への嫌がらせや脅迫が続き長崎県警は100人体制で警戒
     その警戒を解除した矢先のテロ
     田尻は警察の取調べで「昭和天皇には戦争責任がある」との発言に対して憤慨、反発のため銃撃したことを自供
     2000(平成12)田尻が刑期満了で出所。同右翼団体の創始者と養子縁組してナンバー2の幹部となる
  01/26長崎自動車道の未開通区間、武雄北方IC〜大村ICの39.1粁が開通
  01/27長崎県営バスが長崎〜北九州間に高速バス「出島号」の運行を開始
     また雲仙・諫早〜福岡に高速バス「雲仙号」の運行を開始
     2004(平成16)03/31長崎県営バス、西日本鉄道が共同運行する雲仙・諫早〜福岡の「雲仙号」が廃止
     廃止は西日本鉄道撤退後
  01/島原鉄道が福岡行き高速バス「天神号」の運転を開始
  02/01長崎市尾上町の長崎魚市場跡地で長崎県が立体駐車場事業を開始
     1995(平成07)04/01機械化による24時間営業開始
     2005(平成17)03/31尾上立体駐車場営業廃止
  02/09西彼杵郡香焼町に香焼第6児童公園(1815平方米)が開設
  03/09JR長崎本線に県内では唯一残っていた本川内駅のスイッチバックが廃止となる
     スイッチバックは不可欠な仕組みで、主に急こう配の線路に停車場を設けるために導入
     本線路から分岐して設けた行き止まり線路に進み、逆行して平らな場所に設けたプラットホームに入る
     JR九州管内では豊肥本線の立野駅(熊本県)、肥薩線の大畑駅(熊本県)、真幸駅(宮崎県)が残るだけに
  03/19旧香港上海銀行長崎支店、旧長崎英国領事館、旧長崎税関下り松派出所が国の重要文化財に指定
  03/30佐世保市の中心商店街四ケ町と三ケ町を結ぶ全長950米の日本一長いアーケード街が完成
  03/31坂本町811-7他に陽光台公園(790.1平方米)が、小江原4丁目330-609に小江原台北公園(476.01平方米)が
     かき道2丁目2000に矢上団地近隣公園(3万1951平方米)が、京泊1丁目3-48他に京泊第1公園(5058.91平方米)が
     京泊1丁目3-311に京泊第2公園(1726.61平方米)が、京泊1丁目3-237に京泊第3公園(1310.63平方米)が
     京泊町1-72他に京泊緑道公園(1万0971.40平方米)が、ダイヤランド1丁目887-106にみずがめ座公園(1208平方米)が
     西北町56-1他に西北公園(2971.69平方米)が開設
  03/31西彼杵郡琴海町尾戸郷に小口農村公園(1982平方米)が開設
  03/松が枝町県営駐車場がオープン
  04/01「長崎文化放送株式会社[NCC(英文正式社名・Nagasaki Cultural Broadcasting Corp.)]」が開局
  04/01西海町の仏教系テーマパーク「西海楽園」内に高さ40米の七ツ釜聖観音が建立
     運営は第3セクター
     2007(平成19)09/18西海楽園が閉鎖
  04/01西彼杵郡伊王島町大字伊王島に伊王岬プレイパーク公園(2千平方米)が開設
  04/16長崎県営バスが創成館高校スクールバスの運行開始
     〜1993(平成05)03/
  04/浜町にマイティー・スパロウグループ「居酒屋 きゃべつ」がオープン
     1996(平成08)10/銅座町に「趣肴旬菜 吉里吉里屋」がオープン
  05/02JR九州が博多−平戸−長崎オランダ村間にジェットフォイル「ビートル」の運航を開始
  06/11長崎電鉄が入江町停留場を廃止
  06/12長崎市●●町に日本ボウリング発祥の地の碑建立
  06/21長崎県営バス(交通局)職員の給与が口座振込となる
  06/27〜11/04島原鉄道が加津佐〜諫早に1日1往復、『旅博』号を運転
  06/28〜07/03長崎県中部で豪雨
        負傷者3人、家屋全半壊25戸、床上床下浸水2061戸。特に川棚川水系で大きな被害
  06/田中町のジャスコ東長崎店が営業開始
  06/戦後初めて誕生した豪華大型クルーズ客船「クリスタルハーモニー」が三菱長崎造船所で完成
     CCI/日本郵船向け豪華客船 4万8621瓲【4万9400瓲】、1万2千kW電気推進機モーター2基、22節
     長さ241米、幅29.6米。客室480、乗客960人収容、乗員505人。三菱長崎造船所が客船分野進出の第1船
  07/17宝町のセブンツーボール跡地に長崎プリンスホテルが開業
     2004(平成16)07/負債1590億円とし長崎プリンスホテルを所有する三正が民事再生法適用申請
     2005(平成17)08/31長崎プリンスホテル営業終了
     名古屋市のランドーナージャパンが運営するベストウエスタンプレミアホテル長崎に衣替え
  07/2708/の「長崎旅博覧会」開幕に合わせて、「長崎スカイウェイ」を民間業者が開業
     6人乗りゴンドラ23台を備える。稲佐山の中腹と山頂を3分で結ぶ
     1998(平成10)赤字経営が続いたため長崎市が無償で引き取る
     財団法人「長崎ロープウェイ・水族館」に業務委託して運行
     2006(平成18)10/調査で、ケーブルなどに塩害とみられる腐食が進行していることが判明
     2006(平成18)12末/事故の恐れがあり、運行を休止
     1時間に約1100人を運べるが、団体から少人数に観光形態が変化した影響で、利用者は減少
     ピークの1991年度の約30万人に比べ、2005年度は約14万人に半減
     同年度のロープウエーと合わせた赤字は約6100万円に上り、改修すると約2億5千万円かかる
     代替手段として無料の送迎ワゴンを運行。ただ、年間約2100万円の運営費用がかかる
     2008(平成20)04/スカイウェイの運行が休止から廃止となる
     代替措置として、稲佐山の中腹と山頂を結ぶ有料の乗合タクシーの試験運行をはじめる
  07/31出島の表門が復元完成
  07/手熊と式見地区を結ぶ国道202号の蝶ケ崎トンネルが開通
     延長630米、歩道を含む2車線の幅員9.25米、事業費14億2800万円
  07/延長1477米の女の都トンネルが完成し、川平有料道路が開通
  08/01〜05国鉄が長崎〜旧長崎線・大村線経由〜早岐間に蒸気機関車58654号機でSL「長崎旅博号」を運転
  08/02長崎「旅」博覧会開催にあたり長崎県営バスが各種バスを運行
     PR用ロンドンバス、福祉バス、シャトルバス、ゾーン周遊バスなど
  08/03地域活性化を目的として県・市・商工会議所主催の「長崎“旅”博覧会」が開催
     松が枝国際観光埠頭、グラバー園、孔子廟の3会場がメインとなり
     他に、県立美術館など4館と市内7ゾーンの回遊方式がとられる
     また9ブロックに分けた県全体を舞台にしたイベントを企画、いわば旅することで完成する博覧会
     目玉は松が枝会場に建つ回転昇降式展望塔のスカイタワー
     回転しながら上昇し、市街や海が360度眺望できる
     イメージキャラクターに「旅人(たびびと)くん」
     イメージソングにひ・ま・わ・りの「私ここにいます」
     テーマソングにZINMの「みんな長崎を愛してる」
     ポスターに長岡秀星の作品を採用
     11/0494日間の会期が終了。会期中の動員目標の150万人に対し総入場者数は188万8997人
      スカイタワーの全高135米、展望キャビン最大高100米
      前年に名古屋で開催された世界デザイン博覧会のパロマタワーを移設したもの
      展望キャビン最大高、定員などはパロマタワーと同数値、所要時間は30秒長い約6分と公式記録に記される
      タワー1階にはFMイベント放送局のサテライトスタジオ、特設郵便局、ユニセフのブースが設けられる
      「長崎“旅”博覧会」の会期終了後も観光施設として存続
      1996(平成08)客足が伸びず赤字を累積するようになり営業を中止
      1999(平成11)03/解体撤去される
  08/09戸石町194-7他に長崎東公園(17万9100平方米)が開設
  08/〜11/野母商船が長崎「旅」博覧会期間中の旅客輸送のため尾上〜松が枝にシャトルポートを運航
     期間中134余万人を輸送
  08/ ラッキー自動車がホテルマジェスティックを開業
  09/02「長崎旅博覧会」の協賛イベントツアーで超音速旅客機「コンコルド」が長崎空港に飛来
     東京・羽田空港以外の空港では初めて
     予定到着時刻より1時間ほど遅れ、午後01時45分頃到着
     空港周辺に詰めかけた見物客は1万5千人に
     「コンコルド」は英国と仏国が共同開発。1976(昭和51)に就航
     英のブリティッシュ・エアウェイズと仏のエールフランス
     全長62米、全幅26米、乗客数128人、最大速度マッハ2
     騒音や飛行高度などの点の問題から1979(昭和54)の第16号機で生産中止に
     「コンコルド」は2003(平成15)10/末で引退
     英仏2社の航空業界の競争による収入減と機体整備費の負担に耐えられないことが理由
  10/08渡御。「長崎くんち」が台風接近のため日程変更10/10還御
     (5)…紺屋町(本踊)、出島町(阿蘭陀船・本踊)、東古川町(川船)、
     本古川町(御座船)、大黒町(唐人船・本踊)、樺島町(太鼓山)、[特別参加]諏訪町(龍踊)
  10/31地上3階、地下2階、店舗面積9288平方米のテナントビル長崎西洋館がオープン
  10/長崎日活劇場(榎津東映)がテレビ等の普及により観客が少なくなり廃館
  10/長崎バス(株)と姫神バスが共同で長崎〜姫路・神戸線に夜行高速バス『エトランゼ号』の運行を開始
  11/17雲仙普賢岳が1792(寛政04)の「島原大変肥後迷惑」以来198年ぶりに噴火
     普賢岳山頂(海抜1359米)から東方600米の九十九島火口と地獄跡火口から白い噴煙があがる
     1991(平成03)05/15初めて土石流が水無川流域で発生
     1991(平成03)05/20地獄跡火口より高さ数10米、直径40〜50米の溶岩ドームが出現
     1991(平成03)05/24噴火により初めて火砕流が発生
     1991(平成03)05/26水無川で火砕流による初めての負傷者が出る
     以降、度重なる土石流と火砕流は、島原・深江地方に大きな打撃を与える
     06/03午後04時08分、地獄跡火口の東側斜面より、これまでにない最大規模の大火砕流が連続発生
     09/15普賢岳北東斜面より大火砕流が発生
     南高深江町大野木場地区で熱風による火災で小学校と民家126棟、島原市上木場地区で65棟が焼失
     国土地理院発表の溶岩総噴出量は約2億立方米に
     1994(平成06)までの被害は死者行方不明44人、負傷12人
     家屋全壊・流出688戸、半壊107戸、床上床下浸水536戸
  11/30長崎県営バスが長崎〜広島間に高速バスの運行を開始
     2002(平成14)03/31高速バス広島線が廃止
  11/30雲仙−福岡間に高速バスの運行を開始
  11/島原普賢岳の噴火の降灰により葉タバコの栽培農家が減少
  12/01長崎県営バスが運行する高速バスの長崎〜呼子線を0.5便増便し1.5便となる
  中島川に架かる鐵橋(くろがねばし)が再度架け替わる
  南高来郡北有馬町のキャラクターとして「さき丸くん」が誕生
     300年以上の伝統を持つ郷土芸能「先踊り」をデザインしている
  八千代町の最後のガスタンクを解体
  長崎市児童科学館が大浦町の●●●●から銭座町の●●●に移転
  浦上歩道橋が架設
  長崎「旅」博覧会にあわせ稲佐山道路を改良、公園に野外音楽堂、大展望台、レストランなどを整備
  長崎バス(株)の整備工場が茂里町営業所の隣接地から神の島工業団地内に移転
     神の島工業団地内は敷地面積約1万0800平方米の地
  最後の山、北海道夕張炭鉱で閉山

1991(平成03)【今上】 辛未(かのとひつじ)

  《総理大臣》[第77代]第2次海部俊樹内閣(→11/05)、[第78代]宮澤喜一(11/05→)
  《知事》[第50代(公選12代)]高田勇
  《市長》[第27代]本島等(→05/01)、[第28代]本島等(05/02→)

  03/01小江原3丁目330-1077に小江原台近隣公園(1万6024平方米)が開設
  03/23トルコ共和国・アンカラ市より寄贈された「無限」が平和公園内に設置
     男性と女性が手と手をつないでいる姿は全人類の平和と協調をあらわす
  03/27長崎バイパスの市布〜昭和町の4車線拡幅化と川平町〜西山町(第2期・3.9粁)の2車線が完成
     西山トンネル(川平〜西山)が開通。供用を開始。総工費445億円
  03/長崎県営バスが定期バスの車体色を変更。赤基調カラーの「赤バス」が初登場
  03/「長崎ケーブルテレビジョン株式会社」(NCTV)がハイビジョン実験放送の実験開始
     全国のケーブルテレビに先がけて普通のテレビで視聴できるよう実験
     2000(平成12)10/01通信事業への業務拡大を機に社名変更
     「株式会社長崎ケーブルメディア」(ncm)となる
  03/31小江原3丁目330-963に小江原台西公園(431平方米)が、三重町1398他に三重公園(2128平方米)が
     城山台2丁目204-460に城山台公園(3385平方米)が、三ツ山町689他に犬継公園(2676.35平方米)が開設
  03/31西彼杵郡琴海町大平郷に旭ヶ丘西公園(1704平方米)が
     西彼杵郡琴海町西海郷に琴海ニュータウン公民館公園(193平方米)が開設
  04/01「長崎国際テレビが開局し、民放4局が揃う
     [NIB(英文正式社名・Nagasaki International Television Broadcasting Inc.)]」
  04/01西彼杵郡伊王島町大字伊王島に伊王島リゾート公園(1万4610平方米)が
     西彼杵郡野母崎町脇岬に脇岬北港公園(629平方米)が開設
  04/19夕方、ソ連のゴルバチョフ大統領が来崎
     浜口町の北郵便局前で大統領夫妻が下車。道路を100米ばかりを歩きながら沿道の市民に応える
     曙町の悟真寺に500人の市民が出迎え。木津義彰住職がロシア人墓地を案内。住職の説明に耳を傾ける
     夜07時半、松山町の平和公園を訪れ、核超大国の首脳として初めて原爆犠牲者を追悼、平和祈念像に献花
     のち2時間余り滞在ののち、次の訪問地、韓国済州島へ向かう
  04/20高速バス「りんどう号」が8往復(産交4、県営4)に増便
     高速バス「りんどう号」は長崎と熊本を九州横断自動車道、九州縦貫自動車道で結ぶ
     1992(平成04)07/2110往復(産交5、県営5)に増便
  04/23諫早市小野町で長崎県営バスによる死亡事故が発生
  04/26名鉄バスと西肥自動車が共同運行で佐世保−名古屋間に高速バスの運行を開始
  04/30東山手・南山手地区が国の重要伝統的建造物群保存地区に指定される
  05/15雲仙岳の噴火により初めて土石流が水無川流域で発生
     05/20雲仙岳地獄跡火口より高さ数10米、直径40〜50米の溶岩ドームが出現
     05/24雲仙岳の噴火により初めて火砕流が発生
     05/26雲仙岳の噴火により水無川で火砕流による初めての負傷者が出る
     以降度重なる土石流と火砕流は、島原・深江地方に大きな打撃を与える
     06/03午後04時08分、地獄跡火口の東側斜面より、これまでにない最大規模の大火砕流が連続発生
     国道57号が全面通行規制
     島原市の水無川流域を時速100粁で襲い、北上木場町と南上木場町(一部)の民家などを飲み込む
     報道陣油剤指定地の定点上流で撮影していた仏人火山学者2人(夫妻)、米人火山学者1人をはじめ
     警備で北上木場農業研修所にいた消防団員12人、定点にいたマスコミ報道関係者16人、
     チャーターのタクシー運転手4人、水無川流域を警戒していた警察官2人、
     土砂除去の作業員・付近の住民6人など43人の犠牲者をだす
     09/15普賢岳北東斜面より大火砕流が発生
     南高深江町大野木場地区で熱風による火災で小学校と民家126棟、島原市上木場地区で65棟が焼失
     国土地理院発表の溶岩総噴出量は約2億立方米に
     1994(平成06)までの被害は死者行方不明44人、負傷12人、
     家屋全壊・流出688戸、半壊107戸、床上床下浸水536戸
     度重なる火砕流や土石流により、避難した人1万人、建物や農業、商工業、水産業などの被害は1000億円以上に
  05/北松小佐々町の教育次長の野田國男が、北松地区の広域行政の推進と発展を願い、郷土紙「新北松新聞」(月間)を創刊
     表裏2ページで、500部を毎月10日発行。毎回12本前後の地域の話題を取り上げる
     少子高齢化が著しく、かつての産炭地域は活力を失い市町村合併の問題が浮上した時期
     『北松は一つ』を合言葉に政治、経済、教育などさまざまな分野からメッセージを発信する
     2006(平成18)04/15創刊15周年の記念式典が北松佐々町文化会館で開催
     元陸軍少尉の小野田寛郎が記念講演。約700人の聴衆で会場が埋まる
     2007(平成19)07/野田國男が盲腸手術で入院
     精密検査で心臓に大動脈瘤の肥大が見つかり、静養を余儀なくされる
     12月の200号を前に、4年後の創刊20年を前に、7月号を最後に廃刊
  06/01ビジネス特急バス「ありあけ号」が6往復(産交3、県営3)に減る。普賢岳噴火の影響もあり島鉄が撤退
     特急バス「ありあけ号」は長崎〜熊本を一般国道と有明フェリー経由で結ぶ
     1992(平成04)06/014往復(産交2、県営2)に減る
  06/03雲仙普賢岳の火砕流で島原鉄道の南島原〜布津間が不通に
     12/27全線復旧
     1992(平成04)03/15島原外港〜深江間が土石流により不通となる
     04/14復旧
     1992(平成04)04/28島原外港〜深江間が再び不通となる
     翌日からこの区間の運行を休止。防災工事がはじまる
     1997(平成09)04/01島原外港〜深江間の高架化が完成。復旧し運行を再開
  06/03以降、島原普賢岳の噴火災害の影響により長崎県営バスが年度中に228百万円の減収となる
  06/08NHKスペシャル番組「阿久悠・歌は時代を語り続けた」放送中
     前半の1時間が過ぎたあたりで、突然、雲仙普賢岳の何度目かの噴火が勃発
     急遽、ニュースに差し替えられる
     番組は阿久悠の作詞家活動25周年を迎えた特別番組
     06/15番組が全編放送される
  06/19べっ甲の原料タイマイがワシントン条約の付属書 氓ノランクされているため政府の方針として次のことが決定
      ○ワシントン条約におけるタイマイに関する留保を 1994年(平成06)07/末までに撤回
      ○タイマイの輸入は、1992(平成04)12/月末までとし、その間輸入割り当て量は7.5 瓲とに
      ワシントン条約=絶滅の恐れがある野生動植物の種の国際取引に関する条約
      付属書氈$竚クから守るための国際取引が原則禁止されているもの
     1992(平成04)限りで原料のタイマイの輸入ができなくなることを意味、べっ甲業界は存亡の危機に
     決定を受け、平成3年度の国の補正予算でベっ甲産業救済対策費9億5400万円が措置
     1992(平成04)01/14事業の実施主体として「社団法人日本べっ甲協会」が通商産業大臣より認可を受け設立
  06/27小浜町富津で長崎県営バスによる死亡事故が発生
  07/09長崎県営バスと京阪バスが共同で長崎〜京都間に運行する高速バスが枚方市に停車するようになる
     長崎→京都「きょうと号」、京都→長崎「ながさき号」
     2001(平成13)03/ 長崎〜大阪線の「オランダ号」を京都延長の形で統合し廃止に
  07/10普賢岳噴火による被災住民を見舞う天皇・皇后両陛下を乗せた日本エアシステムの定期便が長崎へ
     政府専用ヘリコプターで水無川流域の上空から火砕流や土石流の生々しいツメ跡や普賢岳を視察
     ホテル南風楼では消防団員12人の遺族34人と対面、114世帯541人が入居する霊丘公園の仮設住宅へ
  07/31平戸島〜生月島に橋長960米、中央径間400米の生月大橋が完成。全体事業費111億5千万円
     形式は3径間連続トラス橋、橋長800米(200米+400米+200米)、幅員6.5米
     中央径間400米は世界最長
  08/01雲仙〜島原間の長崎県営路線バスが神代経由の臨時路線で運行
     12/25雲仙〜島原間の県営路線バスが県道132号経由の臨時路線で運行
     1992(平成04)10/19国道57号全面規制解除に伴い、雲仙〜島原間の路線バスを国道57号に変更
  08/12長崎県営バスがボリビア県人会に大型バスを寄贈
  08/23長崎県営バスが雲仙活性化対策として「日帰り雲仙温泉湯冶ツアー」を実施
  09/15普賢岳北東斜面から、さらに大火砕流が発生
     南高深江町大野木場地区で熱風による火災で小学校と民家126棟、島原市上木場地区で65棟が焼失
     国土地理院発表の溶岩総噴出量は約2億立方米に
     1994(平成06)までの被害は死者行方不明44人、負傷12人、
     家屋全壊・流出688戸、半壊107戸、床上床下浸水536戸
  09/24長崎県営バスがロンドンバスを長崎市内定期観光バスに導入
  09/27台風19号襲来日。雨量204.5粍を記録
     死者5、負傷者257、家屋の全壊・流出158、半壊2453、床上床下浸水199戸
  10/05長崎県営バスが長崎県立長崎東高等学校に定期券の訪問販売を開始
  10/「長崎くんち」(6)…今博多町(本踊)、魚の町(川船)、
     玉園町(獅子踊)、江戸町(オランダ船・花車)、籠町(龍踊)
     諏訪神社で「くんちの夕べ」始まる
  10/28「クリスタル・ハーモニー」の後継船、日本郵船の豪華クルーズ客船「飛鳥」が三菱長崎造船所で完成
     2万8556瓲【2万8717瓲】、長さ192.8米、幅24.7米、航海速力21節。客室296、乗客592人
     三菱長崎造船所が誇る可変ピッチプロペラ、フィンスタビライザーの技術が導入
     「飛鳥」には戦前の客船黄金時代の伝統を引き継ぐという想いがこめられる
     太平洋戦争勃発の年に三菱造船長崎造船所で建造された、日本最大になる予定の「橿原丸」を意識
  10/ラッキー自動車が長崎インターナショナルホテルを開業
  12/03長崎ターミナルに九州急行からの委託業務として九州号予約センターを開設。福岡行九州号の予約業務開始
  12/2706/03以来不通だった島原鉄道の南島原〜布津間が全線復旧
     1992(平成04)03/15島原外港〜深江間が土石流により不通となる
  駐長崎中国総領事館が油木町から橋口町に移転
     東京に中華人民共和国駐日本国大使館があり、他に駐大阪総領事館、駐福岡総領事館、駐札幌総領事館がある
  水中翼高速船「ヴィーナス」が対馬−博多航路に就航
  競輪アパート跡地に地上13階、地下1階、延べ面積6万平方米のチトセピアがオープン
     公営住宅268戸、長崎市役所西浦上支所、ユニード等専門店、銀行が入居
  西彼杵郡多良見町のキャラクターとして「みかん坊や」がうまれる
  ツシマヤマネコが環境庁の「レッドデータブック」に「絶滅危惧」として記載
     1993(平成05)「ツシマヤマネコを守る会」が結成

1992(平成04)【今上】 壬申(みずのえさる)

  《総理大臣》[第78代]宮澤喜一
  《知事》[第50代(公選12代)]高田勇
  《市長》[第28代]本島等

  01/08長崎県営バスが大村〜森山に向陽高校スクールバスの運行を開始
  01/10長崎県営バスが高速バス「ひろしま号」を使ったスキーツアーの実施
     〜02/29
  06/19べっ甲の原料タイマイがワシントン条約の付属書 氓ノランクされているため政府の方針として次のことが決定
      ○ワシントン条約におけるタイマイに関する留保を 1994年(平成06)07/末までに撤回
      ○タイマイの輸入は、1992(平成04)12/月末までとし、その間輸入割り当て量は7.5 トンとに
      ワシントン条約=絶滅の恐れがある野生動植物の種の国際取引に関する条約
      付属書氈$竚クから守るための国際取引が原則禁止されているもの
     1992(平成04)限りで原料のタイマイの輸入ができなくなることを意味、べっ甲業界は存亡の危機に
     決定を受け、平成3年度の国の補正予算でベっ甲産業救済対策費9億5400万円が措置
     1992(平成04)01/14事業の実施主体として「社団法人日本べっ甲協会」が通商産業大臣より認可を受け設立
  01/31長崎県警が刃物販売店に青少年へのバタフライ(ナイフ)などの販売自粛を求める
     全国的に連続する少年の「いきなり型」非行犯罪に対応して
  03/13長崎県営バスが9路線にて自由乗降バス(フリーパス)の実施
     1993(平成05)02/01フリーバス路線拡大(8路線)
  03/15雲仙普賢岳の土石流により島原鉄道の島原外港〜深江間が不通となる
     04/14復旧
  03/25長崎県営バスが西肥自動車と共同で長崎駅前〜ハウステンボス間を1日18往復(県営バス9往復)の運行を開始
     2005(平成17)03/31長崎県営バスが西肥自動車と共同運行するハウステンボス〜長崎の高速バス路線から撤退
     西肥自動車の単独運行となる
  03/25日本初、九州を代表する海辺のリゾート施設「ハウステンボス」が開園
     第1期工事に2250億円を投じ広さ152万平方米がオープン
     もとは県が工業団地として造成した埋立地で買い手のつかない荒廃地
     1988(昭和63)「自然の息づかいを肌で感じる新しい住空間の創造」をコンセプトに街づくりが開始
       自然の摂理にかなった持続可能な循環型社会モデルの具体化
       広大な土地にレンガに至るまで本物指向の姿勢を貫きオランダの街を再現
       不毛の地を掘削し堆肥を混入、有機的に土壌改良を行なう
       40万本に及ぶ木と街路樹を植え庭園を造り自然の再生が実現
       運河の護岸は生態系を保護するため石積みに
       水は大村湾の潮位差70糎の利用とポンプによる循環で消費電力を35%削減
     これらの施設で省エネ、水資源保全などの先進的な環境への取組みで4つの賞を受賞
     環境問題への先見性が世界的に評価され存在意義が高まる
     2003(平成15)02/26ハウステンボスが負債2289億円をかかえ破綻。会社更生法の適用を申請
     小泉内閣の不良債権処理加速で追い込まれた主力銀行の支援打ち切りが致命的
     03/02破綻後最初の日曜日、続々と応援団が駆付ける
     福岡から市職員の誘いで博多にわかの面をつけた50人が入場
     市長の親書と「ほっとけんばいハウステンボス」と書いたバンダナを光武市長と桃尾重明保全管理人に渡される
     午後、島原観光連盟の70人が訪れ和服姿の女将10人は横断幕「がまだせハウステンボス」を掲げエールを送る
     佐世保観光協会は福岡市の繁華街で「HTBは元気に営業をつづけています」と街頭宣伝をする
  03/30西彼杵郡外海町大字神浦上大野郷に大野浜海浜公園(1万2333平方米)が開設
  03/31かき道4丁目2000-2に矢上団地第4公園(4122平方米)が、畝刈町1613-138に畝刈第1公園(907.75平方米)が
     畝刈町1613-199に畝刈第2公園(1005.60平方米)が、京泊町1543-36に京泊第4公園(1023.38平方米)が
     多以良町129他に多以良運動公園(7635平方米)が、小浦町24-13他に小浦公園(1450.80平方米)が
     川平町1074-1他に川平公園(6642.76平方米)が、三ツ山町101-2他に三ツ山公園(6954平方米)が開設
  03/31西彼杵郡三和町宮崎に川原大池公園(19万6478平方米)が、西彼杵郡琴海町大平郷に旭ヶ丘東公園(1068平方米)が
     西彼杵郡琴海町村松郷に村松児童公園(370平方米)が、西彼杵郡琴海町西海郷に西海児童公園(495平方米)が開設
  03/長崎公共職業安定所が小曽根町から宝栄町のJR住宅跡地に移転
  03/キハ183系特急気動車「オランダ村特急」が廃止となる
     1992(平成04)07/緑色に金色のラインの「ゆふいんの森2世」となる
     1999(平成11)03/「ゆふいんの森2世」が廃止となる
     1999(平成11)03/長崎〜佐世保を約1時間20分で結ぶ特急「シーボルト」(2往復)となる
     塗装は登場時のオランダの国旗をイメージした赤・白・青の3色に戻る
  04/01伊万里昭和交通(株)設立
     2003(平成15)09/30解散
  04/01ハウステンボスオープンに伴い、長崎市内定期観光バスの発着場所を長崎ターミナルからJR長崎駅構内に移設
  04/01長崎県営バスが特定旅客事業として長崎空港内棧橋連絡バスの運行開始
     〜1993(平成05)03/31
  04/1403/15以来不通だった島原鉄道の島原外港〜深江間が復旧
     04/28島原外港〜深江間が再び不通となる
     翌日からこの区間の運行を休止。防災工事がはじまる
  04/28島原鉄道の島原外港〜深江間が再び不通となる
     翌日からこの区間の運行を休止。防災工事がはじまる
     1997(平成09)04/01島原外港〜深江の高架化が完成し雲仙普賢岳噴火災害から島原鉄道が復旧。運行を再開
  04/30長崎県営バスが日本宝くじ協会からレトロバスの贈呈を受ける
     05/162台目のレトロバスの贈呈を受ける
  06/01長崎県営バスがデラックスレトロバスで行く雲仙温泉湯治日帰りツアーを実施
     07/21同じくレトロバスで行く島原温泉日帰りの旅実施
  06/01ビジネス特急バス「ありあけ号」が4往復(産交2、県営2)に減る
     特急バス「ありあけ号」は長崎〜熊本を一般国道と有明フェリー経由で結ぶ
     1995(平成07)03/012往復(産交1、県営1)に減る
  06/01あたご自動車学校30周年記念行事として自動車学校から大平橋バス停までの坂道まるい坂が完成
     着工から1年6ケ月
  06/21長崎電鉄が夏季ビール電車の運行を開始
  07/20長崎県営バスが雲仙〜ハウステンボス間の運行を開始
  07/21高速バス「りんどう号」が10往復(産交5、県営5)に増便
     高速バス「りんどう号」は長崎と熊本を九州横断自動車道、九州縦貫自動車道で結ぶ
     2002(平成14)06/9往復(産交4、県営5)に減る
  09/12学校週5日制施行にともない第1回休業を実施。以降、毎月第2土曜日が休業に
  09/30西彼杵郡三和町蚊焼にさかみち公園(300平方米)が開設
  10/10アメリカ合衆国・セントポール市より寄贈された「地球星座」が平和公園内に設置
     7つの大陸を表す7人の人間で世界の平和と連帯を表現
  10/12長崎県営バスの雲仙ターミナルにギャラリーを開設
     1993(平成05)07/21長崎県営バスが雲仙ターミナルの2階に雲仙観光資料館を開設
     2003(平成15)02/28雲仙資料館が閉館
  10/19国道57号全面規制解除に伴い、長崎県営バスの雲仙〜島原間の路線バスを国道57号に変更
  10/「長崎くんち」(7)…桶屋町(本踊)、船大工町(川船)、
     栄町(阿蘭陀萬歳)、本石灰町(御朱印船)、万屋町(鯨潮吹き)
  10/野母商船が博多〜五島の航路に大型旅客フェリー「太古」(1260瓲)を就航
  10/長崎バス(株)が新規事業として自動車整備(車検)事業に進出
  10/長崎魚市場活魚センターが竣工
  11/03島原鉄道の阿母崎駅−吾妻駅間で列車正面衝突事故が発生。74人が負傷
  露天風呂をつくろうと矢太樓の代表取締役村木營介、自らユンボを借り設計無しに掘る
     掘ったあとに設計、長崎市内で最初の露天風呂「桃源境」をつくる
     1992(平成04)ヤタロウイン1号館を階層して矢太樓南館に屋号変更
  長崎銀行が本社建物の窓枠や外壁の大幅な外装改修を行なう。裾周りや入口に石積みがなされる
  平和公園に地下駐車場を造るために地面を掘り返す
     地中から赤レンガの扇状になった長崎刑務所浦上刑務支所の基盤と処刑場の地下部分が現れ、一部を原爆遺構として残される
  長崎県営バスが4扉中乗り前降り方式の車両を再び試験導入
     1996(平成08)採用となる
  樺島灯台資料館がオープン
  28年5か月の飼育記録を続けていた長崎水族館の皇帝ペンギン「フジ」が死亡

1993(平成05)【今上】 癸酉(みずのととり)

  《総理大臣》[第78代]宮澤喜一(→08/09)、[第79代]細川護熙(08/09→)
  《知事》[第50代(公選12代)]高田勇
  《市長》[第28代]本島等

  02/01金立サービスエリア(長崎自動車道上り線)レストラン開設
  02/01長崎県営バスが自由乗降バス(フリーパス)路線を拡大(8路線)
  03/31曙町299-3他に稲佐近隣公園(2万5199.07平方米)が、坂本町207-1他に坂本道上公園(901.8平方米)が
     畝刈町1613-267他に畝刈第3公園(1121.35平方米)が、式見町18-3他に式見公園(3766.70平方米)が開設
  03/31西彼杵郡琴海町長浦郷に長浦児童公園(148.4平方米)が開設
  03/外浦町の長崎グランドホテルの立体駐車場・客室改装[客室105室(洋室97、和室8室)]が竣工
  03/伊勢宮前〜高麗町の石橋の高麗橋が西山ダム下に移築復元
  03/長崎県営バスによる創成館高校スクールバスの運行が廃止
  03/九州商船(株)が熊本港−島原港間にカーフェリー航路を開設
  04/01長崎県道13号線(長崎野母港線)が国道499号に昇格
     実際の国道499号は長崎県長崎市を起点に長崎半島を縦断し、海上区間を経て鹿児島県阿久根市が終点
  04/01長崎県営バスが長崎空港に3台のバス専用自動発券機を設置
  04/01長崎市がごみの5分別収集を開始。燃やせるごみ、燃やせないごみ、資源ごみ、有害ごみ、粗大ごみ
  04/01西彼杵郡伊王島町大字沖之島に伊王島塩町公園(2500平方米)が開設
  04/28旧英国領事館が長崎市野口彌太郎美術館としてオープン
     2007(平成19)04/旧長崎英国領事館が施行から100年が経ち、老朽化が進む
     保存改修工事を行なうこととなり、平和会館(長崎市歴史民俗資料館1階)に仮移転
  05/14西彼杵郡三和町蚊焼に東井田公園(153平方米)が開設
  06/長崎新聞」が1959(昭和34)以来の夕刊発行を休刊とし、朝刊を充実
  07/21長崎県営バスが雲仙ターミナルの2階に雲仙観光資料館を開設
     2003(平成15)02/28雲仙資料館が閉館
  08/01長崎〜別府・大分線に高速バス『サンライト号』の運行を開始
     長崎県営バス、長崎バス、日田バス、亀の井バス、大分交通、大分バス、西日本鉄道で共同運行
  08/西肥自動車(西肥リゾート開発(株))が西海橋コラソンホテルを開業(旧西海橋ビューロッジ)
  09/23長崎県営バス創立60周年記念として「感謝の集い」を開催
     ○県営バスのシンボルマーク制定○県営バスのマスコット制定
     11/26県営バスのマスコットのネーミングが応募総数1028件から決定。「POPOLU(ポポル)」となる
     「ポポル」とは
      PO(POP)+PO(PORTER)+LU(LUCKEY)で民衆的な・運搬人・幸福をもたらすという意味
  10/08渡御。「長崎くんち」が雨天のため日程変更10/10還御
     (1)…五島町(本踊)、八幡町(弓矢八幡祝い船・剣舞)、興善町(本踊)、
     銀屋町(鯱太鼓)、万才町(本踊)、麹屋町(川船)、西浜町(龍船・本踊)
  12/01米国系大手おもちゃ専門店「日本トイザらス」が葉山1丁目に開店
  12/11長崎県立長崎北高等学校創立30周年を記念して、修学旅行の行先が中国・北京となる
     以降、修学旅行は中国へ
  12/島原鉄道の車両にATS列車自動停止装置を装備。使用を開始
  長崎中央消防署の50周年記念の一環としてシンボルを公募。「消太くん」が誕生
  青函連絡船の第2代「大雪丸」が神奈川県横浜市鶴見区の日本鋼管ドッグに留置される
     1996(平成08)05/01ハヤシマリンカンパニー社が「大雪丸」を購入し長崎港へ回航する
  第3セクター方式の多目的保養館「雲仙スパハウス」が完成
  「ツシマヤマネコを守る会」が結成
     1994(平成06)種の保存法[1992(平成04)]に基づき「国内希少野生動植物種」に指定される

1994(平成06)【今上】 甲戌(きのえいぬ)

  《総理大臣》[第79代]細川護熙(→04/28)、[第80代]羽田孜(04/28→06/30)、[第81代]村山富市(06/30→)
  《知事》[第50代(公選12代)]高田勇(→03/01)、[第51代(公選13代)]高田勇(03/02→)
  《市長》[第28代]本島等

  01/株式会社長崎西海建設が社名を(株)西海建設に変更
  02/01「春節祭」に長崎市が規模を拡大し参画、「長崎ランタンフェスティバル」となる(〜02/14)
     「春節祭」は在留華僑の人々が、中国の旧正月(春節)を祝うため長崎新地中華街を中心に行なわれていた
     新地中華街や市内中心部に約1万2千個のランタンの他、大型オブジェのランタンなどが飾られる
     期間中、「龍踊り」「中国雑技」など多彩なイベントが催される
     また清朝をイメージした豪華な中国服を身にまとう「皇帝パレード」、
      江戸時代、実際に行なわれていた「媽姐行列」が祭り盛り上げる
     期間は「春節(旧01/01)」から「元宵節(旧01/15)」まで
     開催期間中、約15万人の人出
  03/01JR九州長崎本線の長与〜道ノ尾に高田駅が開業
  03/01787系特急形交流電車(つばめ型)が「かもめ」5往復に定期列車として投入
     「にちりんシーガイア」「ドリームにちりん」と一体運用となる
     3列車用として9連5本の787系が南福岡電車区に転属
     1996(平成08)「つばめ」と「ドリームつばめ」が787系に統一、787系は「かもめ」から撤退
  03/06西彼町の長崎バイオパークにてカバのモモが生まれる
     母ノンノンが、ふつうは水中で生むところ放し飼い場の岩の上で生む
     衰弱している体重32瓩のモモを飼育員が取り上げる
     のち国内に例のないカバの人工哺育に成功
  03/29西彼杵郡琴海町戸根原郷に琴海中央公園(4万6202平方米)が開設
  03/31八つ尾町1328-7に八つ尾公園(856平方米)が、相生町70に大浦展望公園(613平方米)が開設
  04/01西彼杵郡三和町宮崎に熊の岳いこいの里公園(15万0645平方米)が開設
  04/リンガーハット・チェーン店関西地区第1号店(通算第225号店)が大阪府東大阪市に開店(東大阪西堤店)
     08/中京地区第1号店(通算第230号店)が愛知県岡崎市に開店(愛知岡崎店)
     1995(平成07)04/ショッピングセンター内、出店第1号店(通算第243号店)が長崎県大村市に開店(大村ジャスコ店)
  06/03長崎県営バスの小浜営業所が完成
     2007(平成19)03/31雲仙市小浜町大字南木指字合屋1760番地の長崎県営バス小浜営業所が廃止となる
  06/日中合弁会社が「海華号」(1万3481瓲)で長崎〜上海航路を再開
     長崎から週1便、1泊2日・運賃1万9千円より
     1996(平成08)03/フェリー長崎の乗客定員382人「上海号」(1万1008瓲)に更新
     全長162米、55の客室の他、レストランシアター、カジノ、バー等を備える旅客船
     毎週木曜日午前11時に長崎を出港、到着は翌日午後3〜4時
     1997(平成09)01/利用者の低迷により長崎着を最後に休止
  夏/佐世保の桟市長が水不足・渇水に対し非常事態宣言を発令
     1995(平成07)04/061日5〜6時間の厳しい制限給水が9か月間続く
  07/20西海パールシーセンターがオープン
  08/100円ショップダイソー浜町1号店が開店
  08/小瀬戸町に長崎バスグループの広告代理店あじさい工芸社が開業
  09/10長崎県営バスが長崎サニータウンへの乗り入れを開始
  09/15長崎ハウステンボス内のホテルヨーロッパとホテルデンハーグがホテルオークラチェーンに加盟
  09/24片淵町1丁目の「長崎バプテスト教会」の教育館と牧師館の新築、礼拝堂の修改築が完成。献堂式を挙行
  10/「長崎くんち」(2)…新橋町(おらんだ万華鏡)、諏訪町(龍踊)、新大工町(詩舞・曳壇尻)、
     金屋町(本踊)、榎津町(川船)、西古川町(本踊・櫓太鼓)、賑町(大漁万祝恵美須船)
  11/12渥美清主演の「男はつらいよ」第47作「拝啓 車寅次郎様」に長崎が登場
     島原ロケにより、普賢岳噴火災害に苦しむ被災者はひさしぶりに目を輝かせる
  11/13(株)県央企画が諫早ゆうゆうランド干拓の里をオープン。干拓資料館、むつごろう水族館を併設
  11/日本航空の長崎上海が運休になり、成田〜上海直行便の運航を始める
     2002(平成14)02/05中国民航総局が直属の航空会社9社を3集団に統合集約
     長崎〜上海航空路が中国東方航空により運航
  12/02西彼杵郡野母崎町野母に野母売場公園(143平方米)が開設
  12/島原鉄道が第1次新車ディーゼル動車を5両導入
     1996(平成08)11/CTC列車集中制御装置を更新
     1997(平成09)09/第2次新車ディーゼル動車を5両導入
  種の保存法[1992(平成04)]に基づきツシマヤマネコが「国内希少野生動植物種」に指定される
     2000(平成12)04/福岡市動物園において初の雌の仔ネコが誕生
  長崎大山地区に新聖堂を建立
  伊王島の旧大明寺教会が愛知県明治村に移築完成「大明寺聖パウロ教会堂」として公開
     旧大明寺教会は1879(明治12)に大渡伊勢吉が建設

1995(平成07)【今上】 乙亥(きのとい)

  《総理大臣》[第81代]村山富市
  《知事》[第51代(公選13代)]高田勇
  《市長》[第28代]本島等(→05/01)、[第29代]伊藤一長(05/02→)

  01/17午前05時46分、兵庫県南部地域に震度7の激震が走る。阪神大震災
     死者5502(兵庫県内5480)、のち再調査で6430(兵庫県内6398)に追加修正
     重軽傷者4万0082、行方不明3、震災1週間前後の避難者31万6678(避難所1153)
     全焼を含む全壊家屋11万1117(18万7230世帯)、半焼を含む半壊家屋13万7271(25万9255世帯)
  01/27長崎県営バスが阪神・淡路大震災被災地へ「畳敷きバス」8両を提供
  01/28長崎ランタンフェスティバル開幕(〜02/12)。開催期間中、約25万人の人出
  02/07八千代町横断歩道橋が撤去される
  03/01ビジネス特急バス「ありあけ号」が2往復(産交1、県営1)に減る
     特急バス「ありあけ号」は長崎〜熊本を一般国道と有明フェリー経由で結ぶ
     11/011往復(県営1)に減る。産交が撤退
     停車停留所は長崎駅前〜諌早駅前〜愛野〜多比良港〜(有明フェリー)〜長州港〜玉名産交〜植木〜熊本交通センター〜熊本駅前
     1997(平成09)05/長崎〜熊本(有明フェリー経由)の特急バス「ありあけ号」が廃止
  03/31秋月町193に秋月公園(967.85平方米)が、西彼杵郡琴海町西海郷に西海農村公園(2992平方米)が開設
  04/01佐賀昭和交通(株)が多久昭和交通(株)[1987(昭和62)07/17設立]を吸収合併
  04/01長崎市尾上町の長崎魚市場跡地で長崎県がはじめた立体駐車場が機械化による24時間営業を開始
     2005(平成17)03/31尾上立体駐車場営業廃止
  04/01西彼杵郡高島町に東海岸公園(8800平方米)が、西彼杵郡野母崎町樺島に樺島ふれあい公園(1370平方米)が
     西彼杵郡琴海町形上郷に形上農村公園(3200平方米)が開設
  04/リンガーハット・チェーン店のショッピングセンター内、出店第1号店が長崎県大村市の大村ジャ スコ店に開店
     大村ジャ スコ店は通算第243号店
     2000(平成12)07/「低価格宣言」を行ない、「長崎ちゃんぽん380円」を新価格として販売
  05/09西彼杵郡琴海町村松郷に河の元公園(193平方米)が開設
  06/01JR九州がハウステンボスジェイアール全日空ホテルを開業
  06/12第7回国連軍縮長崎会議が開催される(〜06/16)
     海外35か国、国内の軍縮専門家、約90人が参加
     この会議で初めて「核兵器廃絶」が議題にだされ核廃絶へのアプローチになるものと期待
     核保有国は核による抑制力の有効性を主張し譲らず
     長崎会議派核廃絶は、なお困難で具体策をもてないまま終了
  06/30天神町250-1他に天神町公園(642平方米)が開設
  06/長崎市磯道町にハイパーマート南長崎店がオープン
     のち経営がダイエーに移りダイエー南長崎店となる
     2005(平成17)11/30ダイエー南長崎店が閉店し、10年5か月の営業に幕を下ろす
     ダイエーは経営再建の一環として不採算店舗の閉鎖を進めており、南長崎店の閉店で県内のダイエーは5店舗となる
     国道に面した郊外型店舗として食料品や衣料品、日用品などを販売
  06/ルークプラザホテルが開業
  08/10浜市アーケード内にマクドナルドが開店
  08/13国語学者の金田一春彦が川棚高校の同窓会に招かれ「日本語の心」について講演
  08/17西彼杵郡琴海町戸根郷にマイタウン公園(279平方米)が開設
  08/18西彼杵郡琴海町西海郷に琴海ニュータウンシーニック公園(182平方米)が開設
  09/01銅座駐車場において機械化による24時間営業開始
  09/01長崎県営バスが諫早〜長崎間に「通勤会員バス」の運行を開始
  09/09第1回「永井隆平和記念・長崎賞」に秋月辰一郎が選ばれる
     被爆50周年の節目の記念事業の一環
     長崎県、長崎市の協力で長崎・ヒバクシャ医療国際協力会、永井隆平和記念・長崎賞顕彰委員会(今村臣正会長)が制定
     国内はもとより、広く海外から推薦のあった候補者の中からただひとりを選出
     被爆医療と平和希求の一貫した精神を貫いた秋月が長崎市民が抱く永井博士のイメージに重なる最もふさわしい人物に
     09/18ホテルニュー長崎3階の鳳凰閣の間にて授賞式が行なわれる
  09/10松崎町産業廃棄物最終処分場周辺の水質調査で国の基準を上回る数値が検出されたことを長崎市が知る
     国の環境基準0.005ppmを上回る0.006ppmが検出
     10/末市議会総務委員協議会で虚偽のデータ記載資料を配布
     のち市民団体が独自に、飲料水に使われる神浦ダム上流などで調査
     処分場内の川の水質が、汚染されていない河川の33倍も悪化していることが判明
     1996(平成08)市が改ざんを認め謝罪
  10/01西彼杵郡琴海町戸根郷に鴨池団地公園(196平方米)が開設
  10/02(社)長崎国際観光コンベンション協会が発足
     (社)長崎市観光協会と長崎コンベンションビューローが一本化
     (社)長崎市観光協会は1967(昭和42)12/20発足。任意団体としては1954(昭和29)06/08発足
     長崎コンベンションビューローは任意団体として1988(昭和63)10/24発足
  10/「長崎くんち」(3)…上町(本踊)、油屋町(川船)、
     元船町(唐船祭)、鍛冶屋町(宝船・七福神)、筑後町(龍踊)
  11/15長崎県営バスが新大波止ターミナルビルへの乗り入れ
  12/01長崎県営バスが大村市さつき台団地への乗り入れ
  長崎港ターミナル「ビッグビッド」が完成。設計は高松伸
     楕円形のシリンダーと丸い筒を組み合わせたような形をする
     筒は巨大なビット(係留杭)をイメージし、1階のギザギザのガラス面は波をイメージ
  株式会社松早スペース・エムが設立
     長崎県内において書籍を中心にレンタルビデオやCD、販売CD・DVD・TVゲームなどの販売を開始
  長崎サンセットマリーナがオープン
     ボートヤード、ディンギー用浮き桟橋、クレーン、給油桟橋などのほか、
     レストラン、バンケットホールなどの施設がある
  藤田観光が佐世保ワシントンホテルを開業
  長崎市新地町の「中華料理京華園」が時代のニーズに合わせ全面改装
  池島鉱で大量出水。20日間にわたり操業が停止
     1997(平成09)三井三池鉱が閉山。池島鉱が九州で最後のヤマとなる
  平和公園の再整備工事に伴い、「原爆死没者名簿」を収める奉安所が原爆被爆者の店に仮移設
     それまでは平和祈念像前の池に「原爆殉難者名奉安所」が設置されていた
     1996(平成08)08/平和公園の再整備工事が完成
     1997(平成09)08/01奉安所が原子爆弾落下中心地碑前に移設
     マイクロフィルム化された原爆死没者名簿が納められる

1996(平成08)【今上】 丙子(ひのえね)

  《総理大臣》[第81代]村山富市(→01/11)、[第82代]橋本龍太郎(01/11→11/07)
        [第83代]第2次橋本内閣(11/07→)
  《知事》[第51代(公選13代)]高田勇
  《市長》[第29代]伊藤一長

  長崎国際文化会館が施設の老朽化と展示機能の充実を図ろうと、原爆被爆50周年記念事業として建替えのため解体
     1996(平成08)04/名称を長崎原爆資料館と改め開館
     資料館には被災物品419、絵画・模型・標本30、写真資料378、映像資料80、以上907点が展示
  02/16長崎ランタンフェスティバル開幕(〜02/25)。開催期間中、約33万人の人出
  03/14海上自衛隊の「こんごう型」護衛艦の3番艦「みょうこう(DDG175)」が三菱重工業長崎造船所で竣工
     起工1993(平成05)04/08、進水1994(平成06)10/05
     基準排水量/7250瓲、主要寸法/(長さ)161米・(幅)21.0米・(深さ)12.0米・(喫水)6.2米
     主機械/ガスタービン4基2軸、馬力/10万PS、速力/30kt、航続距離4500海里−20kt(予測値)
     [レーダー]対空レーダー(SPY-1D)×4 、対水上対空レーダー(OPS-28D)×1
     [射撃指揮装置]ミサイル管制(Mk99/SPG-62×3)、127粍砲管制(81式射撃指揮装置2型21)
     [ソナー]艦首バウソナー(OQS-102)、曳航ソナー(OQR-2)、
     [電子戦装置]ESM/ECM NOLQ-2、チャフ発射機(US Mk 137)×4
     [武装]Mk41VLS(前部29セル、後部61セル、合計90セル)、スタンダードミサイル(SM-2MR)、
     アスロック対潜ロケット 、SSM4連装発射装置(ハープーン)×2、68式324粍3連装短魚雷発射管×2、
     OTOメララ127粍54口径単装速射砲×1、20粍バルカンファランクスCIWS×2
     のち第3護衛隊群第63護衛隊に所属、舞鶴に配備。日本海側に配備された最初のイージス艦
  03/21佐世保市の国道35号の上京町と下京町の地下を通り抜ける京町地下道の近くに横断歩道が敷設される
     以降、地下道の利用者が激減
     2007(平成19)12/22利用者減で閉鎖。高齢化社会を迎え、バリアフリーの面で地下道の欠点が指摘される
     歩道は1.7米から4.9米に拡幅
  03/29愛宕3丁目826-25他に愛宕中央公園(1196.22平方米)が、田中町246-11に東望台公園(522平方米)が
     多以良町2110-44に多以良西公園(1161平方米)が、木鉢1丁目109-102に木鉢緑地公園(884.71平方米)が
     上浦町505-3他に上浦公園(1032平方米)が、大園町2220-42に大園三角公園(694平方米)が開設
  03/中川町の放射能影響研究所長崎研究所(RERF・放影研)の放射線生物部が閉鎖
     放射線生物部は臨床研究、疫学、放射線生物の研究3部門のうちのひとつ
     放影研は1948(昭和23)に設立された元原爆障害調査委員会(ABCC)
  03/長崎〜上海の航路が乗客定員382人の「上海号」(1万1008瓲)に更新
     全長162米、55の客室の他、レストランシアター、カジノ、バー等を備える旅客船
     毎週木曜日午前11時に長崎を出港、到着は翌日午後03〜04時
     1997(平成09)01/利用者の低迷により長崎着を最後に休止
  04/01被爆50周年記念事業として長崎原爆資料館が開館。旧館の2.2倍の展示面積
     展示機能の充実を図り地下構造物に建て替えられる
     資料館には被災物品419、絵画・模型・標本30、写真資料378、映像資料80、以上907点が展示
  04/01西彼杵郡野母崎町脇岬にフェリーパーク公園(1万5721平方米)が開設
  04/03アルゼンチン共和国・サンイシドロ市より寄贈された「戦争に対する平和の勝利」が平和公園内に設置
     赤い玉以外の部分は戦争の混乱、紛争および死をあらわし、上部の赤い玉はそれに対する生命の勝利をあらわす
  04/11三菱銀行と東京銀行が合併し東京三菱銀行に
  04/26全388室の「ホテル日航ハウステンボス」が開業
  04/宗教法人聖フランシスコ病院会が救急病院の告示認定される
     2000(平成12)04/居宅介護支援事業所のフランシスコ ケアプランセンターが開設
  05/01青函連絡船の第2代「大雪丸」をハヤシマリンカンパニー社が購入し長崎港へ回航する
     09/29船上ホテルシップ「ヴィクトリア」として第2の人生を出航する
  05/11児童文学作家・堀直子作「少女たちの帆を張って」の出版記念パーティが帆船「飛帆(フェイファン)」の船上で開催
     「少女たちの帆を張って」は江戸時代の長崎が舞台。2人の少女、さぎりとフェイメイの冒険物語
     「飛帆」は(社)長崎歴史帆船協会が中国に発注した復元帆船。長崎港内をクルージングしながら
     1997(平成09)11/01「そして永遠に瞳は笑う」の出版記念パーティが夜のグラバー園で開催
     「そして永遠に瞳は笑う」は幕末の長崎で、上野彦馬に出会った13才の少女ナツの成長物語
       グラバー園内では初の夜間ライトアップ、初の酒類を含んだ飲食パーティ。テストケースとなる
       のちグラバー園内での夜間ライトアップや飲酒は「グラバー園1000人夜会」などに活かされる
     2002(平成14)02/09「長崎少女シェフ物語」の出版記念パーティがペンション出島の木で開催
     「長崎少女シェフ物語」は明治のはじめ、長崎の街で一流のシェフをめざす少女リンが頑張りぬく姿を描く物語
     パーティは伊藤一長長崎市長の呼びかけにより有志が集まる   05/14西彼杵郡香焼町に香焼町シンボルパーク公園(338平方米)が開設
  06/01長崎県営バスが諫早地区にてポニーバスの運行を開始
  06/05坂本町の山王神社の被爆クスの木が環境庁の「日本の音100選」に選ばれる
     騒音対策偏重でなく、耳を澄ませば聞こえるいい音を大事にすることで音環境を保全する試みとして全国に募集
     738件の応募があり長崎県では被爆クスの木が選ばれる
     境内にクスの木は2本あり高さ10米、幹まわりは8米と6米、互いに交錯し東西40米、南北25米に枝葉を広げる
     木と風が織りなす音、被爆後もたくましく生き続けた姿が選定理由に
  07/12「日本の渚・百選」に長崎県から4か所が選ばれる
  07/19「世界炎(実際は「火が3つ」で「ほのお」)の博覧会」が佐賀県を中心に開催
     10/1387日間にわたって「燃えて未来」をテーマに開催
     水産関係団体の実行委が全国から推薦された候補地234か所より選ぶ
     一般に優れた景観であることが選考基準となるが、環境保全や生活との密着度、民話などの有無も参考にされる
     ○西彼・野母崎町の高浜海水浴場(ウミガメの産卵)
     ○五島・三井楽町の高浜(ハマユウ)
     ○壱岐・石田町の筒城浜(観光向け地引き網)
     ○対馬・上対馬町の三宇田浜(漁火)
     全国では北海道の5か所に次ぐ2番目の数
  07/21西彼杵郡外海町大字神浦向郷にそとめ神浦川河川公園(8万3720平方米)が開設
  07/31大阪以西でただ1件も例のなかった長崎県に、松浦市でO-157の感染患者が発生
  07/長崎自動車が五島福江市に五島カンパーナホテルを開業
  08/31長崎自動車の長崎遊園地「福田子供遊園地」が閉園。開園は1957(昭和32)04/20
  08/平和公園の再整備工事が完成
     1997(平成09)08/01原爆死没者名簿」を収める奉安所が原爆被爆者の店より原子爆弾落下中心地碑前に移設
     マイクロフィルム化された原爆死没者名簿が納められる
  09/01柿泊町2210他に長崎市総合運動公園(43万8千平方米)が開設
  09/14「ホテルJALシティ長崎」が開業
  09/29青函連絡船の第2代「大雪丸」が長崎港内(長崎市小曽根町)で船上ホテルシップ「ヴィクトリア」として営業開始
     2004(平成16)ハヤシマリンカンパニーの経営が破たん
     米投資ファンドのローンスター・グループ傘下、東京の大手ホテルチェーンのソラーレホテルズアンドリゾーツが営業を引き継ぐ
  09/対馬の万関橋が3代目に架け替え。2代目万関橋から西側へ10〜40米移動
     総事業費15億円、橋長210米、幅10米(2車線)、設計荷重25瓲の鋼中路ローゼ桁橋
  秋/上五島中道島の江袋教会の老朽化が進み修復工事が行なわれる。窓とステンドグラスが取り替えられる
     江袋教会は五島に残る現役木造教会の最古のもの
     それまでの内部は築当時のもの。天井はコウモリ天井、窓は洋式のアーチ型。外に鎧戸、内にフランス製の色ガラスをはめた扉など
     内陣中央の上部に設置されている3つの窓と色ガラスは比較的保存状態が良く、当時を偲ばせるものとして保存
     2007(平成19)02/12火災により大部分を焼失
  10/01旧香港上海銀行長崎支店記念館(香港上海銀行長崎支店大浦警察署長崎市歴史民俗資料館本館)が開館
  10/01旧居留地私学歴史資料館が開館
  10/07渡御。「長崎くんち」が雨天のため日程変更10/09還御。庭先廻りは10/10まで
     (4)…東浜町(竜宮船・本踊)、築町(御座船・本踊)、
     銅座町(南蛮船)、八坂町(川船)、[特別参加]籠町(龍踊)
  10/銅座町にマイティー・スパロウグループ「趣肴旬菜 吉里吉里屋」がオープン
     1997(平成09)03/築町「CAVEAU」が「ビストロ CAVEAU」としてリニューアルオープン
  11/01長崎県営バスが長崎市三原台循環バス運行を開始
  11/島原鉄道がCTC列車集中制御装置を更新
     1997(平成09)09/第2次新車ディーゼル動車を5両導入
  全高135米のスカイタワーが客足が伸びず赤字を累積するようになり営業を中止
     「長崎“旅”博覧会」の会期終了後も観光施設として存続していた
     1999(平成11)03/解体撤去される
  観光通りアーケードが道路舗装工事によりテラゾー舗装に、アーケードも一新。ベルナード観光通りに生まれ変わる
     年々老朽化が進み、長崎浜市観光通商店街振興組合によって全面改修工事が決定
     改修は「西洋風のレトロ調」をテーマに、外装・内装とも明るく清潔感あふれるイメージに一新
     レトロ調の落ち着いたデザインが街のシンボルとなり異国情緒漂う長崎の街のイメージ
     イベントの演出にも役立つように付設されたバトンが電動によって遠隔操作で上下することが可能に
     照明はベース照明にダウンライト98基、装飾照明に特注のペンダント117基を設置
     レトロ調の落ち着いたデザインを反映させ、賑わい感を演出するため色温度を3000Kで統一
     設計照度はアーケード両側の店舗の照明に影響を及ぼさないよう、平均照度を400 lx程度に
     古ぼけた六芒星マンホールの蓋が取り外されずに残る
  長崎県営バスの4扉中乗り前降り方式の車両が採用となる
  「つばめ」と「ドリームつばめ」が787系特急形交流電車(つばめ型)に統一するため787系の「かもめ」が置換え
  浦上天主堂の聖堂2階に英国製パイプオルガンを設置
  南氷洋から長崎水族館に来た同期の仲間が死亡、ぎん吉1羽に
     2002(平成14)02/11午後20時23分、長寿世界一記録を更新中に老衰のため死亡
     飼育期間39年9か月15日は世界最長
     ペンギンの平均寿命は20年、人間に例えると100歳ははるかに超えていた
     大好物の鯵を丸ごと食べることができず、飼育スタッフが3枚におろしていた
  松崎町産業廃棄物最終処分場周辺の水質調査で虚偽のデータ記載資料を市が配布していたことに対し改ざんを認め謝罪
     国の環境基準0.005ppmを上回る0.006ppmが検出
     また市民団体が独自に、飲料水に使われる神浦ダム上流などで調査したところ
     処分場内の川の水質が、汚染されていない河川の33倍も悪化していることが判明

1997(平成09)【今上】 丁丑(ひのとうし)

  《総理大臣》[第83代]第2次橋本龍太郎内閣
  《知事》[第51代(公選13代)]高田勇
  《市長》[第29代]伊藤一長

  01/02ロシアのタンカー「ナホトカ」から重油が流出
     佐世保海上自衛隊第2護衛隊所属の護衛艦3隻が広範囲な海上での除去作業を応援依頼。派遣される
     3隻は日本海の若狭湾から新潟沖まで、約1か月にわたり回収作業に従事
     直径60糎のザルを棒で沈めて引き揚げて回収
     ドラム缶を縦半分に切り穴を開けて使う…など原始的な手作業で、1日で1隻あたりドラム缶50本分を回収
     総計10万2400立(リットル)(ドラム缶512本分)の回収に
     また海岸では1日千人以上の人海戦術による柄杓でのすくい取りを中心とする除去作業が行なわれる
  01/乗客定員382人の「上海号」(1万1008瓲)による長崎〜上海の航路が利用者の低迷により長崎着を最後に休止
  02/01昭和自動車(株)が佐賀昭和交通(株)[1987(昭和62)04/10設立]を吸収合併
  02/07長崎ランタンフェスティバル開幕(〜02/16)。開催期間中、約41万人の人出
  03/10海上自衛隊佐世保史料館が佐世保水交社跡地に開館
  03/15長崎県営バスが東長崎鶴の尾団地への乗り入れ
  03/31上小島5丁目415-2他に上小島清水公園(1934平方米)が、西山本町36-7に上西山公園(2千平方米)が
     片淵5丁目1174他に西山ダム下流公園(9780平方米)が、戸石町860-1に尾崎公園(461.08平方米)が
     戸町3丁目178-6に戸町3丁目公園(823.11平方米)が、戸町2丁目22-22に戸町2丁目公園(4578.13平方米)が
     三京町815-138に三京公園(729.25平方米)が、太田尾町2741に太田尾港緑地公園(7930.98平方米)が開設
  03/31磨屋小学校新興善小学校勝山小学校が統廃合
     1997(平成09)04/01市立諏訪小学校と市立桜町小学校の2校が新設開校
     市立諏訪小学校は旧磨屋小学校、市立桜町小学校は旧勝山小学校
     新興善小学校は1997(平成09)04/01〜2000(平成12)03/31が諏訪小学校の仮校舎として使用
     2000(平成12)04/01〜2003(平成15)12/31が桜町小学校の仮校舎として使用
     2003(平成15)12/31新興善小学校が廃校に
  03/築町のマイティー・スパロウグループ「CAVEAU」が「ビストロ CAVEAU」としてリニューアルオープン
     「Rock&Blues House CAVEAU」は1974(昭和49)09/にオープン
     2000(平成12)04/夢彩都4階に「海の見えるレストラン Restaurant SAKURA HOUSE」がオープン
  04/01長崎市が中核市に指定される
     日本の大都市制度のひとつ。ほかには政令指定都市・特例市の別がある
     いずれも都市の規模に応じて、市に都道府県の事務権限の一部を移譲する制度
     中核市は日本の地方公共団体のうち、地方自治法第252条の22第1項に定める政令による指定を受けた市
     指定要件は法定人口が30万人以上であること
     所属する都道府県の議会と、その市自身の市議会の議決を経て総務大臣へ指定を申請
     九州では1996(平成08)04/01の熊本市、鹿児島市に次いで、大分市と同時指定
     2005(平成17)01/04長崎市の第11次市域拡張により
     338.72平方粁、戸数18万2519世帯、人口44万7103となる[2005(平成17)01/04現在]
     香焼町4.51平方粁1674世帯4200人(男1915・女2285)、高島町1.34平方粁432世帯778人(男349・女429)
     伊王島町2.26平方粁460世帯879人(男398・女481)、野母崎町20.93平方粁2715世帯7420人(男3422・女3998)
     三和町21.74平方粁4213世帯1万1925人(男5530・女6395)、外海町46.62平方粁2459世帯5401人(男2544 2857)
  04/01長崎市立諏訪小学校(旧磨屋小学校)が新設開校
     諏訪小学校の新校舎建設のため旧新興善小学校が仮校舎として使われる
     [2000(平成12)03/31]
     2000(平成12)04/諏訪町に新校舎完成。初の始業式を迎える
  04/01長崎市立桜町小学校(旧勝山小学校)が旧勝山小学校の校舎で新設開校
     2000(平成12)04/桜町小学校の新校舎建設のため旧新興善小学校が仮校舎として使用
     [2003(平成15)12/31]
     2004(平成16)01/08勝山町に新校舎完成。初の始業式を迎える
     校舎1階には、建設中に出土した17世紀初頭の「サント・ドミンゴ教会遺構」を一部保存した資料館を併設
  04/01出島資料館を旧石倉へ移転
  04/01島原外港〜深江の高架化が完成し雲仙普賢岳噴火災害から島原鉄道が復旧。運行を再開
     「鉄道全線開通」と同時に観光トロッコ列車「ハッピートレイン」の運行開始
     シーズン中、島原〜深江間の約9.1粁を毎日3往復。列車には3人の語り部が交代で乗り込み、噴火災害や島原観光を説明
     2007(平成19)11/30観光トロッコ列車の定期運行を終了
     南線の島原外港〜加津佐が2008(平成20)3/月末で廃止のため
     11年間で31万0693人が乗車
     2007(平成19)12/09島原〜加津佐にトロッコ列車の臨時便を運行
  04/01西彼杵郡野母崎町脇岬に下揚公園(2357平方米)が開設
  04/10韓国のタンカー「第3オーソン号」が韓国の巨済島沖で座礁、沈没
     重油が流出、重油帯は対馬の沖、北東から南西にかけ54粁にわたり広がる
     04/11重油の除去作業が開始
     タール状の重油が磯辺に打ち上げられ対馬西海岸の岩や海藻に付着し全域が汚染される
     立入禁止の神の島、椎根島まで入り回収
     04/122千人が参加し累計で8万9400立(リットル)が回収となる
     ヒジキ、ウニなど沿岸漁場は巨額な損害を受ける
  04/14出島資料館が開館、出島のシンボル「旗竿」が完成
  04/14諌早湾干拓事業の一環で、奥部全長7粁のうち潮受け堤防の中央部1.2粁が閉じられる
     潮止めの鋼板293枚が次々に投げ込まれる様子から「海のギロチン」と表現される
     諌早湾が完全に締め切られ諫早湾を閉め切る全長7050米の潮受け堤防が完成
     諌早湾の3550ヘクタールを閉め切り、うち1840ヘクタールを干拓地に、残りの1710ヘクタールを調整池に
     のち締め切られたことにより赤潮の発生、底魚の激減、海藻類の消滅、2枚貝タイラギの全滅
     潮流変化、定置網での漁獲激減、有明海全域で満潮時の水位上昇によりノリ養殖に被害…などが挙げられる
  04/18ホテルモントレ長崎が開業
  04/26長崎市科学館が開館
  04/30(有)出島屋プロダクションから長崎の夜のタウン情報誌「ナイト長崎」が創刊
     2005(平成17)07/31「ナイト長崎」が創刊100号の8月号で休刊に
  04/雲仙普賢岳噴火災害から島原鉄道が災害復旧
     「鉄道全線開通」と同時に「観光トロッコ列車」運行開始
  05/長崎県営バスが運行する長崎〜熊本(一般国道・有明フェリー経由)のビジネス特急バス「ありあけ号」が廃止
  06/大韓航空の長崎ソウル線が利用者の伸び悩み運休
     1999(平成11)12/18復活。所要時間は1時間15分。運賃は片道2万5200円、往復4万5100円
  07/07長崎市と周辺部の市外局番4桁(0958)が3桁(095)に
  07/26県営野球場「ビッグNスタジアム」がオープン
  08/01原爆死没者名簿」を収める奉安所が原爆被爆者の店より原子爆弾落下中心地碑前に移設
     マイクロフィルム化された原爆死没者名簿が納められる
     2003(平成15)07/06原爆死没者名簿が国立長崎原爆死没者追悼平和祈念館の追悼空間の棚に納められる
  08/01長崎市歴史民俗資料館本館が出島町の旧出島神学校から上銭座町の旧長崎県社会保険診療報酬支払基金事務所に移転
     松が枝町の旧長崎税関下り松派出所の分館と統合して開設
     2006(平成18)04/01平野町の長崎市平和会館内の市立博物館跡に移転
     上銭座町の旧館に比べ約1.5倍の広さとなり、交通の便も大きく向上。展示の充実や入場者の増加につながると期待
     展示品は農耕機具など約5千点
     04/08開館式が約300人の関係者が出席し開かれる
  08/28長崎市教育委員会がダイオキシン対策として、2学期よりごみ焼却全面禁止の方針を決め関係学校に通知
     小型焼却炉のばい煙によるダイオキシンの垂れ流しが指摘され文部省が通知したことによる
     「可燃ゴミは可能な限り回収にゆだね、校内の焼却処理の抑制・廃止に努める」
     09/05県下のほとんどの学校が焼却炉の使用を廃止
  08/島原鉄道が島原−大牟田(三池港)に旅客船定期航路の運航を開始
  09/01長崎県営バスが県内で初めて「スロープバス」運行開始(長崎原爆病院前経由の新規路線へ2台)
  09/島原鉄道が第2次新車ディーゼル動車を5両導入
  秋/上県郡上対馬町の舟志湾に立つ高さ455米のオメガ電波塔の運用を停止
      人工衛星を使ったGPS(全地球航空測位シス テム)が普及したため
     1999(平成11)地上から63米のみをシンボルとして残し、オメガ自然公園として整備される
  10/26長崎平和推進協会が国連軍縮週間にちなみ主催した「市民のつどい」で吉永小百合の初の朗読が実現
     平和会館にて広島の詩5編と長崎の原爆詩2編を朗読
  10/「長崎くんち」(5)…紺屋町(本踊)、出島町(阿蘭陀船・本踊)、東古川町(川船)、
     小川町(獅子踊)、本古川町(御座船)、大黒町(唐人船・本踊)、樺島町(太鼓山)
  10/長崎大学で国立大学最初の文理融合学部として環境科学部が発足
  11/01児童文学作家・堀直子作「そして永遠に瞳は笑う」の出版記念パーティが夜のグラバー園で開催
     「そして永遠に瞳は笑う」は幕末の長崎で、上野彦馬に出会った13才の少女ナツの成長物語
       グラバー園内では初の夜間ライトアップ、初の酒類を含んだ飲食パーティ。テストケースとなる
       のちグラバー園内での夜間ライトアップや飲酒は「グラバー園1000人夜会」などに活かされる
     2002(平成14)02/09「長崎少女シェフ物語」の出版記念パーティがペンション出島の木で開催
     「長崎少女シェフ物語」は明治のはじめ、長崎の街で一流のシェフをめざす少女リンが頑張りぬく姿を描く物語
     パーティは伊藤一長長崎市長の呼びかけにより有志が集まる
  11/14タクシー会社6社が加盟したシティキャブ長崎ができる
     有限会社愛宕タクシー(長崎市白木町)、観光タクシー株式会社 (長崎市滑石町)、
     寿タクシー有限会社(西彼杵町郡多良見町)、昭和タクシー有限会社(長崎市本河内町) 、
     有限会社丸井タクシー(長崎市小浦町)、丸寿タクシー株式会社(長崎市彦見町)
  11/25野母商船の完全子会社として大波止近くに「ホテルサンルート長崎」が創業
     サンルートホテルチェーンは、全国に80店舗を有する
     2008(平成20)03/31アパグループがホテルサンルート長崎を買収、アパホテル長崎駅南として営業を開始
     アパグループは野母商船の完全子会社「ホテルサンルート長崎」の発行済全株式を取得
     アパホテルにとって長崎進出第1号
  11/ホテルサンルート佐世保が開業
  長崎県営バスが車椅子による乗り降りが可能な「ワンステップバス」を試験導入
     2001(平成13)採用となる
  海上保安庁が保有していた佐世保、針尾の鉄塔が新送信所局舎、新鉄塔など代替施設の整備により役目を終える
  三井三池鉱が閉山。池島鉱が九州で最後のヤマとなる
     2000(平成12)池島鉱で坑内火災。3か月後に操業を再開

1998(平成10)【今上】 戊寅(つちのえとら)


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