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〈昭和時代(10)〉

1973(昭和48)【昭和】癸丑(みずのとうし)

  《総理大臣》[第65代]第2次田中角榮内閣
  《知事》[第45代(公選7代)]久保勘一
  《市長》[第23代]諸谷義武

  01/29西彼大瀬戸町の雪浦ダムから長崎市が取水する補償交渉8千万円で妥結
  01/31長崎県営バスの雲仙営業所職員住宅3戸を新築落成
     2007(平成19)03/31雲仙出張所が廃止
  03/30樺島町5-15に樺島町公園(351.05平方米)が、椎の木町184-1に椎の木公園(359.07平方米)が
     春木町321に春木公園(649.9平方米)が、田中町90-9に上切通し公園(500平方米)が
     末石町370-36に江川公園(1952.97平方米)が、大園町2005-68に大園公園(1100平方米)が
     向町318に淡島公園(1035平方米)が開設
  03/31長崎市の第9次市域拡張により西彼杵郡三重村を市域に編入
     238.12平方粁、戸数12万4968世帯、人口43万1181となる[1973(昭和48)03/31現在]
     三重村30.02平方粁、1198世帯、5190人[1972(昭和47)12/31現在]
     04/01長崎市の第10次市域拡張により西彼杵郡時津町の横尾・巡り両地区を市域に編入
     239.03平方粁、戸数12万5492世帯、人口43万3196となる[1973(昭和48)04/01現在]
     時津町の一部0.91平方粁、524世帯、2015人[1972(昭和47)12/31現在]
  03/31西彼杵郡三重村が長崎市に編入される
     2005(平成17)01/04西彼杵郡香焼町、伊王島町、高島町、野母崎町、三和町、外海町と長崎市が合併
  04/01長崎市の第10次市域拡張により西彼杵郡時津町の横尾・巡り両地区を市域に編入
     239.03平方粁、戸数12万5492世帯、人口43万3196となる[1973(昭和48)04/01現在]
     時津町の一部0.91平方粁、524世帯、2015人[1972(昭和47)12/31現在]
     1997(平成09)
04/01長崎市が中核市に指定される
     日本の大都市制度のひとつ。ほかには政令指定都市・特例市の別がある
     いずれも都市の規模に応じて、市に都道府県の事務権限の一部を移譲する制度
     中核市は日本の地方公共団体のうち、地方自治法第252条の22第1項に定める政令による指定を受けた市
     指定要件は法定人口が30万人以上であること
     所属する都道府県の議会と、その市自身の市議会の議決を経て総務大臣へ指定を申請
     九州では1996(平成08)04/01の熊本市、鹿児島市に次いで、大分市と同時指定
  04/01西彼杵郡野母崎町脇岬に脇岬山下児童遊園公園(851平方米の)が開設
  04/01有料道路「雲仙道路」、有料道路「島原道路」が無料開放され国に移管、一般国道57号となる
  04/02蒸気機関車C57形100号機が人吉にて廃車となる。走行距離は164万5千粁
     1973(昭和48)09/29北九州市小倉区で分解。トラックとトレーラーに積み込まれる
     09/30展示会場である長崎の賑町の中央公園に到着
  04/07公開生放送のテレビバラエティ番組『8時だョ!全員集合』最高視聴率50.5%(関東地区)を記録
     この回の前半コントはボクシングジムネタ。世界チャンピオンの輪島功一がゲスト出演
     のちテレビ史上類を見ない人気番組となり「お化け番組」「怪物番組」の異名をとる
     同時に「低俗番組」「ワースト番組」「俗悪番組」と激しく非難され続ける番組となる
     1985(昭和60)09/28☆『8時だョ!全員集合』最終回。803回目の放送をもって終了
     TBS・Gスタジオからの生放送。視聴率は34.0%
  04/16市営松山駐車場がオープン。面積3010平方米。駐車能力109台
  04/平戸大橋が完成(総工費59億円、全長665米)
  05/11長崎市立浪平小学校の体育館建設工事が完了
     1982(昭和57)09/07プ−ルが落成
  05/12三菱重工長崎造船所香焼工場に修繕用専用ドッグとしては世界最大の50万瓲修繕ドッグが完成
  05/14米国から返還された原爆資料約1万2千点が長大医学部で初公開される
  05/長崎地方裁判所の検事正官舎(旧西洋料理専門店「自由亭」)が閉鎖。長崎市が譲り受ける
     1974(昭和49)09/03グラバー園内に移築復元完成
  05/野母商船が長崎〜高島に自動車航送定期航路を開設
  05/仁田小学校の体育館工事が完了。07/31プール完成
  06/23魚の町の長崎中学校の跡地に長崎市民会館の一部が完成
     1974(昭和49)03/07長崎市民会館全館が完成
  06/県漁民団が多以良港よりフェリーで熊本に渡りチッソ水俣工場に抗議
     前月の熊本大学水俣病研究班による「有明海に第3の水俣病」が発表されたため
     県は調査の上、有明海魚介類の安全宣言を出すが、売れ行きは激減
     対策として有明海・橘湾鮮魚商緊急融資制度が創設
  07/08松山町市民総合プール屋内3面、屋外4面がオープン
  07/17長崎県営バスの島原営業所が新築落成
  07/長崎バス(株)のサロンバス「ながさき1号」が登場
  08/27十八銀行本店に現金自動支払機(CD)1号機を設置
     1976(昭和51)04/26十八銀行本店1階に九州の地方銀行でははじめて自動預金機が登場
  09/10第13回下水道促進デー、長崎市の水洗世帯9799世帯・普及率7.3%
  09/29蒸気機関車はC57形100号機が北九州市小倉区で分解。トラックとトレーラーに積み込まれる
     09/30展示会場である長崎の賑町の中央公園に到着
     10/01展示がはじまる
     はじめ長崎市は、展示する蒸気機関車としてC51形を所望
     C51形蒸気機関車は、1945年(昭和20)8月9日の原爆投下後、廃虚のなか救援列車を牽引。数多くの被災者を救出
     しかし、当時、C51形蒸気機関車は東京の青梅児童公園、新潟の鉄道学園などに3両残っているだけ
     そこで「ではC51によく似たSLを」ということで門司鉄道管理局では長崎にゆかりの深いC57形100号機を贈ることに
     C57形100号機は、特急「かもめ」「さちかぜ」「さくら」をはじめ、戦前には「富士」など、たくさんの列車を牽引
     10/14中央公園にて国鉄と長崎市の間で譲渡式が行なわれる。蒸気機関車は国鉄から長崎市への無償貸与
     原子野に乗り入れ被災者の救援にあたった国鉄職員7人も出席、功労を讃え市長から記念品が贈られる
  10/07渡御。「長崎くんち」10/09還御
     (3)…上町(本踊)、筑後町(龍踊)、
     油屋町(川船)、元船町(唐船祭)、[特別参加]樺島町(太鼓山)
     *出場辞退…鍛冶屋町、今籠町、中町
  10/08合資会社「田中長一商店」が株式会社へ。株式会社タナチョーに改組改称を実施
  10/23長崎市消防局が40米級はしご付消防ポンプ自動車を購入(九州で北九州市に次いで2番目)
     05/31現在、市内5階建以上の建物569、うち11階建以上は4
     これまで市消防局保有の車両は4階17米級が1台、9階32米級が1台だった
  10/25シングル「雪の朝」でフォークデュオ・グレープがデビュー
     1976(昭和51)03/グレープ解散
  10/親和銀行浜町支店が浜屋百貨店から浜町角(旧思案橋前)に4階建社屋を完成、移転
  10/長工醤油株式会社」がチョーコー醤油株式会社(販売)へ社名変更
     1983(昭和58)03/西坂町に本社ビルが完成
  10/長崎本線が電化にむけて工事を着工
     直後に石油ショック。原油価格が30%の値上したことにより工事資材も値上がり
     工事が遅れる
     のち労働条件の変更などから労使紛争が発生し工事はさらに難航
     1975(昭和50)03/10新幹線博多開業するが、長崎までの接続電車特急は実現せず
     新幹線で博多でおりてDC急行の「出島」「弓張」に乗り換え
     涙を呑んだ国鉄は長崎電化開業を1年延期と発表
     1976(昭和51)03/新幹線博多開業後1年経つが、いまだ未完成
     1976(昭和51)07/01長崎本線、佐世保線が電化完成
  11/14広馬場町の中華菜館兼旅館四海樓が観光業も取入れた営業拡大に伴い、松が枝町4番5号に新築移転
     大宴会場4、小宴会場13、大ホール2の設備で1700人収容の日本の代表的な中華料理店に発展
     1986(昭和61)米国の料理雑誌「グルメ」に紹介される
     ちゃんぽんという名の非常に素晴らしい料理に興味を覚え、調理方法を雑誌で紹介したいと
  11/20三重地区にて新長崎漁港の起工式が執り行なわれる
     総事業費312億8400万円で旧水域より26倍、用地で36倍の巨大な面積をもつ計画
     1989(平成01)新長崎漁港が完工。最終的に1300億円の巨費を投じる大事業に
     1万瓲級の船が接岸できる岸壁、魚市場、近代的な水産関連施設、船員福祉施設、商店街が整備
     人口2万人の漁港ニュータウンも造成
  11/21第4次中東戦争とアラブの石油戦略に影響され石油危機に陥る。オイルショック
     非常事態に対処するため、長崎県は臨時対策本部を設置
     長崎市は各部課に石油節約令を通達し、市長・助役は歩いて登庁
  11/野母商船が長崎〜高島の航路を分離、子会社高島商船(株)を設立
     1975(昭和50)03/高島商船(株)と長崎汽船(株)が航路統合合併。新会社長崎汽船(株)となる
  12/02全日空が長崎−東京線の運航を開始
  12/20全日空が長崎−鹿児島線の運航を開始
  長崎バス(株)の一般路線バスの冷房が、この年の導入車両から標準装備される
     1982(昭和57)全車が冷房車となる。一般路線バス事業者では全車冷房化達成第1号
  オイルショックで石炭が見直される
  旧「レジャーランド三景台」の土地を東京の京王不動産が13億3550万円で落札
     1976(昭和51)三景台住宅団地開発に着手

1974(昭和49)【昭和】 甲寅(きのえとら)

  《総理大臣》[第65代]第2次田中角榮内閣(→12/09)、[第66代]三木武夫(12/09→)
  《知事》[第45代(公選7代)]久保勘一(→03/01)、[第46代(公選8代)]久保勘一(03/02→)
  《市長》[第23代]諸谷義武

  01/15軍艦島」と呼ばれた三菱石炭鉱業高島砿業所「端島」砿で閉山式が行なわれる
     閉山の理由…1965(昭和40)10/から採炭中の三ツ瀬地区の坑道が海面下340米あり、埋蔵量が尽きたこと
     その他の地区も採掘が期待できず、これ以上の操業継続が不可能と判断
  02/25長崎市の東望浜埋立事業が完成。埋立面積は17万8846平方米
     1977(昭和52)東望山公園が開設
  02/1973年下半期の第70回芥川賞に長崎市生まれの野呂邦暢の「草のつるぎ」(掲載誌/文學界)と
     同じく長崎市生まれの森敦の「月山」(掲載誌/季刊芸術)が選ばれる
  03/07魚の町の長崎中学校の跡地に長崎市民会館が完成。総工費20億円
  03/08旧香港上海銀行長崎支店の大浦警察署が松ケ枝町7番2号の新庁舎に移る
     1978(昭和53)06/大浦警察署(香港上海銀行長崎支店)の建物は長崎市歴史民俗資料館本館として開館
  03/30野母崎町樺島地区の簡易水道地下ダムが完成。地下ダムは日本初
  03/31魚の町5-2に魚の町公園(2833平方米)が、西山3目187-1他によけば公園(492.08平方米)が
     新中川町(中島川河川敷)に丸川公園(482.96平方米)が、麹屋町68-2に麹屋町公園(714平方米)が
     西小島1丁目10-2に大徳寺公園(1235.17平方米)が、宿町2400-2に日見公園(6800.11平方米)が
     つつじが丘3丁目1230-99他につつじケ丘中央公園(668平方米)が、網場町486-1に網場公園(653.98平方米)が開設
  03/野母商船が長崎〜香焼の航路に旅客船「あんぜらす」(480瓲)を就航
  04/01丸尾町23-27に丸尾公園(2136平方米)が、小曽根町3-1に小曽根公園(391.54平方米)が
     南山手町27-3にリンガー公園(469.42平方米)が、本尾町457-2他に岩下公園(443.74平方米)が
     宿町2400-1に朝日が峰公園(2471.25平方米)が、福田本町275に福田公園(314.04平方米)が
     平山町851-2他に平山第1公園(1242平方米)が、三芳町1407-2にみはる公園(487平方米)が
     小江原2丁目23-331につばき公園(1110.66平方米)が開設
  04/01長崎県営バスの長与営業所が開所
     04/23長与営業所が新築落成
  04/01長崎県営バスの本原営業所を本原出張所に改め、開所した長与営業所の所管とする
     1980(昭和55)04/01長与営業所本原出張所が廃止
  04/20軍艦島」と呼ばれた海底炭鉱の島「端島」鉱が無人化
  04/20端島が無人島となる
     端島16時50分発、高島経由長崎港行の野母商船「つや丸」を最後に高島〜端島の航路は閉鎖
     最終便になった「つや丸」の原辰見船長、「せい丸」の大石末男船長に一ノ瀬喬高島町長から感謝状が贈られる
  05/「壱岐日報」を発行する壱岐集報社が資本金100万円をもって設立。有限会社に改める
  06/26未熟児網膜症から子供を守る会長崎県支部が発足
     06/294人の弁護士が未熟児網膜症県弁護団を結成
  07/31日赤長崎原爆病院が過去1年間(48-08/01〜49-07/31)の被爆診療状況を発表
     新たに97人(昨年比1人増)が死亡、癌が最も多く、全体の3分の2を占め、認定患者7人も死亡
     12/02経営危機乗り切るため地元銀行から4億円を借入し急場をしのぐ
     1977(昭和52)01/31新築移転先が元県立東高跡地と結論づけられる
  07/東山町の長崎市立北大浦小学校が上部運動場にプールを新設(25m5コース)
     2007(平成19)03/南大浦小学校、浪の平小学校とともに3校が統廃合のため閉校
  08/23馬町交差点〜市公会堂〜賑橋の740米の道路拡張工事が4年ぶりに完成。道幅27米に。交通規制が全面解除
  08/市公会堂と市民会館を結ぶ魚の町歩道橋が完成。工費3400万円
     2002(平成14)07/03取り壊し
  08/リンガーハット・チェーン店第1号店(長崎宿町店)が長崎市内に開店
     主力商品は「長崎ちゃんめん」(現・「長崎ちゃんぽん」)と「ぎょうざ」
     1979(昭和54)09/関東地区第1号店(通算第37号店)が埼玉県与野市に開店(大宮バイパス与野店)
     1981(昭和56)03/「長崎皿うどん」の販売を開始
     1994(平成06)04/関西地区第1号店(通算第225号店)が大阪府東大阪市に開店(東大阪西堤店)
     1994(平成06)08/中京地区第1号店(通算第230号店)が愛知県岡崎市に開店(愛知岡崎店)
     1995(平成07)04/ショッピングセンター内、出店第1号店(通算第243号店)が長崎県大村市に開店(大村ジャ スコ店)
     2000(平成12)07/「低価格宣言」を行ない、「長崎ちゃんぽん380円」を新価格として販売
     2002(平成14)11/リンガーハット中国1号店が青島市に開店
  09/03第2期グラバー邸地区観光施設整備事業が完成。名称をグラバー邸からグラバー園に改められる
     これまでのグラバー邸、リンガー邸、オルト邸に旧スチイル記念学校、
     旧三菱第2ドッグハウス、旧ウオーカー邸、旧自由亭を合わせ7館に
  09/築町に「Rock&Blues House CAVEAU」がオープン
     1981(昭和56)12/「MOONSHINE」がオープン
  10/01南山手の元異人館跡地に(株)長崎東急ホテルが開業
     地下1階・地上7階建、客室226、収容人数382、総工費29億9千万円
     2000(平成12)11/長崎東急ホテルの営業が終了
     2001(平成13)04/長崎全日空ホテルグラバーヒルとなる
  10/07渡御。「長崎くんち」10/09還御
     (4)…馬町(本踊)、銅座町(曳段尻・銅座ばやし)、
     築町(御座船・本踊)、八坂町(川船)、東浜町(竜宮船・本踊)
     *出場辞退…広馬場町、湊町
  10/25長崎市立市民病院の新館(地下1階・地上7階建)が完成、診療業務開始
     1975(昭和50)12/01増改築工事が完成、落成式。総工費16億7000万円
  11/新地の長崎バス(株)本社ビルの隣に8階建の長崎バスターミナルホテルがオープン
  11/小江原第二団地が分譲。101区画のところ1698人の申し込みがあり15.4倍の競争率となる
  厳原町の佐須川、椎根川流域でのカドミウムの排出が東邦亜鉛対州工業所によると発覚
     1968(昭和43)に国と県が環境汚染調査をしたとき所長命令で隠蔽工作をする
     排水口のヘドロを取り除き、分析用サンプルを薄めるなど
     補償交渉で最終解決金として6千万円を支払い決着
  原子力船「むつ」(8214瓲)が洋上での出力上昇試験中に放射能漏れをおこす
     政府は船体の修理・点検を各地に依頼するが、どこも応じず
     1975(昭和50)09/佐世保地区中小企業者決起大会が「むつ」の佐世保港修理受け入れ促進を決議
     佐世保商工会議所も誘致促進を積極的に推進
  諫早中央農業協同組合他、5つの農協が合併。広域大型農協・諫早農業協同組合が発足
  1950(昭和25)に着工した雲仙新湯の九州ホテルの内部改装工事、一部新築工事の全館工事が終了
     改装工事は、日本人客に敬遠される洋風ホテルから、和室の旅館へ転換し集客力を上げるため

1975(昭和50)【昭和】 乙卯(きのとう)

  《総理大臣》[第66代]三木武夫
  《知事》[第46代(公選8代)]久保勘一
  《市長》[第23代]諸谷義武(→05/01)、[第24代]諸谷義武(05/02→)

  01/01北松浦郡鷹島村に町制が敷かれ鷹島町となる
     2001(平成13)04/01佐世保市が特例市指定となる
  01/15成人祭を成人式に改称
  02/27長崎自動車が長崎バスターミナルホテルを開業
  02/市開発公社が西山団地の造成に着手
     1978(昭和53)12/完成。分譲申込の受付が開始
  02/長崎バス(株)定期路線用バス507台のワンマン化が完了
     第1号は1969(昭和44)03/10
  03/10岡山〜博多に山陽新幹線が開業
  03/10長崎(博多経由)・佐世保(筑豊本線経由)〜京都の気動車特急「かもめ」が新幹線の博多開業にともない廃止
     1976(昭和51)07/01長崎本線、佐世保線の電化完成。長崎・佐世保〜博多・小倉に電車特急が登場
  03/10新幹線博多開業するが、長崎まで電化未完成のまま。接続電車特急は実現せず
     新幹線を博多でおりてDC急行の「出島」「弓張」に乗り換え
     涙を呑んだ国鉄は長崎電化開業を1年延期と発表
     1976(昭和51)03/新幹線博多開業後1年経つが、いまだ未完成
  03/31立山町1丁目932-2に立山児童公園(379.71平方米)が、松ケ枝町52-2に松ヶ枝公園(552.16平方米)が開設
  03/高島商船(株)と長崎汽船(株)が航路統合合併。新会社長崎汽船(株)となる
  03/対馬の万関瀬戸が幅員40米、水深マイナス4.5米まで開削。700D/W瓲級の貨物船が航行可能な航路に広がる
  04/01原爆障害調査委員会(長崎ABCC)」が再編成のため閉所
     新たに「放射線影響研究所(RERF・放影研)」として日米両国が財団法人となり運営経費を分担する形に変更し再発足
     日米共同による調査研究を続行する必要性があると考えられ両国政府が共同で管理運営する公益法人とし発足
     日本国民法に基づき、日本の外務省および厚生省が所管。運営管理は日米の理事で構成される理事会が行なう
     調査研究活動は両国の専門評議員で構成される専門評議員会の勧告を得て進められる
     経費は日米両国政府が分担し、資金は日本は厚生労働省を通じて、米国はエネルギー省を通じて交付
     変更後の長崎研究所では被爆者の健康診断、調査、研究を行なう
     研究所には臨床研究、疫学、放射線生物の3部門がおかれる
     放射線生物部は放射線が発がん遺伝子や免疫機能に及ぼす影響などについての基礎的研究を行なう
     1982(昭和57)09/17国道34号拡幅工事にともない中川1丁目の新築の教育会−放影研合同ビルへ移転
     鉄筋コンクリート造り4階建、総工費約3億5千万円
  04/01ビジネス特急バス「ありあけ号」が14往復(産交6、県営5、島鉄3/うち1往復は季節運行)に増便
     熊本駅前発着となる
     特急バス「ありあけ号」は長崎〜熊本を一般国道と有明フェリー経由で結ぶ
     1978(昭和53)05/01季節便が廃止となり13往復(産交6、県営4、島鉄3)となる
  04/01川内町376-2他にの川内公園(1215.29平方)が、見崎町1-1に相川公園(695平方米)が
     稲田町53-2他に仁田中央公園(856.76平方米)が、東山町55他に東山公園(853.78平方米)が
     三原町2-175に三原中央公園(1017.92平方米)が、三原町33-36他に三原みどりの公園(1750.61平方米)が
     滑石4丁目1206-84他に樫原公園(813.56平方米)が、女の都2丁目1606-260におたけ公園(3970平方米)が
     女の都3丁目452-371に女の都南公園(811平方米)が、女の都3丁目452-372に女の都北公園(933.97平方米)が開設
  04/01西彼杵郡三和町蚊焼に村中公園(223平方米)が開設
  04/01下県郡豊玉村に町制が敷かれ豊玉町となる
     2004(平成16)03/01下県郡の厳原町、美津島町、豊玉町、上県郡の峰町、上県町、上対馬町が合併し対馬市となる
  04/10国際文化会館を原爆資料センターに拡充整備。国際文化会館の博物館を出島資料館(旧内外倶楽部内)に移転
     1984(昭和59)11/01平和会館地下1階に移転
  04/24運輸省が東亜国内の長崎−東京線を認可する。ローカル線のダブルトラッキング化
  04/県初の離島国道が誕生
     主要地方道の厳原対馬線、厳原港線、壱岐循環線がR382号
     平戸田平線がR383号
     福江三井楽線、三井楽玉之浦線、有川奈良尾線がR384号
  05/01世界初の海上空港「長崎空港」が開港。「大村空港」が「長崎空港」に改称
     180億円の建設費を投じ約154万平方米の用地を造成
     広さ134万4千平方米、滑走路の延長2500米、幅60米をもつ第2種空港として供用を開始
     大型機時代の幕開けとして東京・大阪便にはジェット機が就航
     1979(昭和54)09/11日中定期航空路の3番目として長崎〜上海が開設。国際空港としてスタート
     上海行1番機DC-8・62型機が飛び立つ
     「税関空港」「動物検疫飛行場」「植物防疫飛行場」「入出国港」に指定
  05/大村〜箕島に橋長970米の箕島大橋が完成
  06/15長崎市医師会医療センター5階講堂の落成式が行なわれる
  06/24田中町の埋立地に長崎市中央卸売市場が完成
     長崎、福江2市、西彼、南松、北高の各一部18町を供給圏に
  06/長崎バス(株)が長崎初のセミデッカー車を導入
  06/長崎大学の水産学部で練習船「鶴洋丸」(1044.38総瓲)が新造
     1982(昭和57)03/2代目実習船「鶴水」(27.8総瓲)が竣工
  07/18上田町の長崎市立南大浦小学校のプールが落成
     2007(平成19)03/北大浦小学校、浪の平小学校とともに3校が統廃合のため閉校
  07/28原爆被爆30周年記念事業のひとつとして「ながさきの木」(長崎市の市木)に「ナンキンハゼ」が決定
     102種類、1825通の中から有識者や市関係者が審査。満場一致で「ナンキンハゼ」に決まる
     有識者には長崎大学名代教授の外山三郎、理学博士の岡田喜一、
     古賀植木園芸組合長の鍬塚郁郎、郷土史家の島内八郎などがいた
  08/25ポリドール・レコードより沢田研二14枚目のシングル「時の過ぎゆくままに」が発売
     作詞・阿久悠、作曲・大野克夫。B面は「旅立つ朝」
  08/31長崎市立市民病院の鉄筋コンクリート造地下1階、地上7階建ての本館の新築工事及び別館の改築工事が完了
     14診療科・一般病床414床の現設備が整う
  08/1975年上半期の第73回芥川賞に長崎市生まれの林京子の「祭りの場」(掲載誌/群像)が選ばれる
  09/佐世保地区中小企業者決起大会が原子力船「むつ」(8214瓲)の佐世保港修理受け入れ促進を決議
     原子力船「むつ」は1974(昭和49)に洋上での出力上昇試験中に放射能漏れをおこしていた
     佐世保商工会議所も誘致促進を積極的に推進
     10/野党、総評を中心に松浦公園に8500人が集まり「むつ」母港化阻止佐世保大集会が開催
     県漁連が佐世保港で漁船400隻による「むつ」の封鎖演習を行なう
     1978(昭和53)05/13政府が県に正式要請
     知事提案の原子炉の鍵を知事が管理保管する「核封印方式」で受け入れ
  10/08渡御。「長崎くんち」が雨天のため日程変更10/10還御
     (5)…東古川町(川船)、樺島町(太鼓山)、本古川町(御座船)、
     大黒町(唐人船・本踊)、[特別参加]籠町(龍踊)
     *出場辞退…伊勢町、紺屋町、八百屋町、小川町、炉粕町、恵美須町
     公会堂広場で「くんちの夕べ」始まる。入場料1千円
  10/104年の歳月と付帯工事を含め40億円の費用を投じて第3種空港「対馬空港」がオープン。滑走路1900×45米
     全日空が対馬−博多間に空路を開設する
  10/外浦町の長崎グランドホテルが客室126室でリニューアルオープン
     1993(平成05)03/立体駐車場・客室改装[客室105室(洋室97、和室8室)]が竣工
  11/19葉山町にスーパー「西友道の尾店」がオープン
  11/国宝大浦天主堂に多くの観光客が訪れるため、信徒たちの祈りの場所として隣接地に大浦教会が建てられる
     周辺が風致地区に指定されているため周囲の建物との調和を考え赤煉瓦風に
     地下1・2階は観光センター(土産品店、レストラン)、1階が司祭館、各種ホール、2〜3階が聖堂
  12/01長崎市立市民病院の増改築工事が完成、落成式。総工費16億7000万円
  12/長崎バス(株)が長崎〜大阪・名古屋間に運行していた帰省バスを中止に
  家野町の長崎純心女子短期大学が三ツ山町に移転
     2006(平成18)02/26長崎純心大学短期大学部が4年制大学への完全移行に伴い56年の歴史に幕を閉じる
     閉学式が長崎市三ツ山町の学舎で行なわれる
  長崎県による都市計画道路浦上川線が都市計画決定、事業が進められることに
     事業区間は長崎市松山町−元船町の3.25粁。総工費約590億円
     目的は中心部を貫く主要幹線道路国道206号を補完し、南北交通の渋滞緩和を図るなど
     1989(平成01)事業区間のうち、第1期の松山町−茂里町(約920米、幅25米)が完成
     2008(平成20)03/29午前6時、長崎市幸町−元船町(約1.5粁)の区間が一部供用を開始
     長崎駅前の慢性的な交通渋滞の緩和効果が期待
     残り茂里町−元船町(約2.3粁)の3工区に分かれているうちの一部
  長崎−対馬間の空路が開設される
  上県郡上対馬町の舟志湾に高さ455米のオメガ電波塔が完成
     オメガ電波塔は10kwの超長波を発信、船舶などの位置確認に利用される
     世界では米豪など7か国にありアジアではここ対馬だけ
     展望タワーではないが鉄塔では日本一の高さ。管理は海上保安庁
     1997(平成09)秋/オメガ電波塔の運用を停止
      人工衛星を使ったGPS(全地球航空測位シス テム)が普及したため
     1999(平成11)地上から63米のみをシンボルとして残し、オメガ自然公園として整備される
  赤迫の市営屠畜場を食肉センタート改称
  生長の家の総本山として、長崎西彼町に「龍宮住吉本宮(りゅうぐうすみよしほんぐう)」を建設
     教団では長崎の総本山を祭祀の中心地とし、東京本部は宗務および出版時・事務の中心地とする
  長崎バス(株)が六地蔵バス停留所に第1号の屋根付停留場を設置。利用者に好評
  長崎電鉄が公会堂前の分岐点に3号系の公会堂前電停から4・5号系統の公会堂前電停に向けて迂回線路を設ける
     営業線区ではないが、弗箱路線1号系(赤迫〜正覚寺下)が事故で止まったときのため
  「長崎県立盲学校」の児童生徒数の増加と復旧浦上校舎の老朽化にともない、時津町に校舎・寄宿舎が新築され移転

1975(昭和50)頃

  九州商船の島原外港と三角を結ぶ航路が毎日10数往復、年間の利用客は125万人にのぼる最盛期に
     のち普賢岳噴火災害や新たな熊本〜島原間の航路開設などにより利用客は激減。九州商船が撤退の意向を示す
     1999(平成11)04/熊本、島原双方の地元が航路存続を要望し

1976(昭和51)【昭和】 丙辰(ひのえたつ)

  《総理大臣》[第66代]三木武夫(→12/24)、[第67代]福田赳夫(12/24→)
  《知事》[第46代(公選8代)]久保勘一
  《市長》[第24代]諸谷義武

  01/24県下にインフルエンザが猛威、患者数4万5980人
  01/尾上町の市営青果市場が旭大橋建設のため解体が始まる。青果市場は田中町に移転
  03/30木鉢2丁目754に木鉢公園(462平方米)が、滑石4丁目1456-6に北陽公園(3037平方米)が
     横尾1丁目1374-78に横尾公園(502.82平方米)が、小ケ倉2丁目246他に小ケ倉公園(1304.49平方米)が
     つつじが丘4丁目1335-111につつじケ丘東公園(543.66平方米)が開設
  03/フォークデュオ・グレープが解散
  03/親和銀行本店にCD機が設置
     2001(平成13)九州銀行との経営統合を発表
  03/新幹線博多開業後1年経つが、長崎まで電化未完成のまま
     1976(昭和51)07/01長崎本線、佐世保線が電化完成
  04/01昭和町の女の都団地内に女の都小学校が49番目の市立小学校として開校
  04/01西彼杵郡高島町に西海岸公園(2万4320平方米)が開設
  04/01上県郡峰村に町制が敷かれ峰町となる
     2004(平成16)03/01下県郡の厳原町、美津島町、豊玉町、上県郡の峰町、上県町、上対馬町が合併し対馬市となる
  04/05さだまさしと吉田正美のデュオ「グレープ」の解散コンサートが長崎市民会館で開催
  04/20未明に滑石太神宮が火災にあい拝殿と神殿を全焼
     1977(昭和52)氏子らの寄進により再建
  04/26十八銀行本店1階に九州の地方銀行でははじめて自動預金機(ATM)が登場
  05/10(株)長崎土建工業所が本社を長崎市出島町4番2号に移転
  05/25橘中佐顕彰奉賀会が結成
     1976(昭和51)08/29銅像の台座の改修除幕式、橘中佐の生家を橘神社社務所前に移転
  06/06国鉄長崎本線の長崎〜鳥栖、佐世保線の佐世保〜肥前山口の電化完成
     喜々津〜浦上の旧長崎本線は未電化のまま
  07/01市営松が枝駐車場が完成
  07/01長崎本線、佐世保線の電化完成に伴い長崎・佐世保〜博多・小倉に電車特急が登場
     長崎・佐世保〜博多・小倉に485系電車特急「かもめ」7往復、電車特急「みどり」6往復が新設
     長崎〜博多が20分短縮
     長崎〜博多の「かもめ」と博多〜東京の新幹線「ひかり」で最短9時間46分。10時間を割る
     2000(平成12)03/11日蘭交流400周年を記念し長崎〜博多に885系新型振子特急「白いかもめ」がデビュー
     それまでの赤色の「Red Express かもめ」の後継車両として登場
     JR九州としては883系の特急「ソニック」に次いでの高速運転できる制御付き振子電車
     カモメをイメージした白い車体に黄色と黒のアクセント、先頭部は流線形
     車内は革張りの座席やオープンスペースデッキなど、高級感あふれる内装
      最大寸法(長さ×幅×高さ)=2万1650×2910×3825粍
      最高運転速度=時速130粁
      出力=1両760キロワット(6両編成のうち電動車M車は、3両、主電動機MT402K、1両190キロワット×4個)
  07/15東亜国内航空の長崎〜宮崎線が開設。45分で結ばれる
  07/24長崎大学付属病院の新築工事が完成。地下1階、地上12階。ベッド数は747病床
  08/29橘中佐銅像の台座の改修除幕式。橘中佐の生家を橘神社社務所前に移転
  08/1976年上半期の第75回芥川賞に佐世保市生まれの村上龍の「限りなく透明に近いブルー」が受賞
     「限りなく透明に近いブルー」の掲載誌は「群像」
  09/01長崎県立長崎東高等学校の全日制課程が立山町556番地(現立山5丁目)の新校舎で始業
    創立時[1948(昭和23)11/01]は西山町の旧県立長崎女子高等学校の校舎を使用
     定時制課程は旧西山校舎を引き続き使用
     1977(昭和52)03/31定時制課程の募集を停止
  09/10〜1317号台風が県中部を直撃
     日雨量343粍。死者4名、負傷者10名、家屋の全壊・流出17戸、半壊23戸、床上床下浸水1666戸
  09/30史跡出島和蘭商館跡地にミニ出島が完成
     縦11米、横18米の池に縦5米、横15米。縮尺約15分の1
  10/01田中町に東長崎警察署が開設。管轄区域は東長崎地区と西彼多良見町、北高飯森町。署員109
  10/07渡御。「長崎くんち」が雨天のため日程変更10/10還御
     (6)…今博多町(本踊)、魚の町(川船)、江戸町(オランダ万才・オランダ楽隊)、
     [特別参加]籠町(龍踊)、[特別参加]東浜町(竜宮船)
     *出場辞退…玉園町、古町、桜町、勝山町、玉江町
  10/鍛冶屋町の東洋軒製パン所が皿うどん・ちゃんぽん・ラーメンの製造販売を開始
     1986(昭和61)08/本社を長崎市田中町に移転
  12/02全日空が福江−福岡線の運航を開始
  12/08西彼杵郡香焼町に香焼第3児童公園(1271平方米)が開設
  12/18古河町〜上戸町〜小ケ倉の延長4.3粁、幅員13〜18米の長崎外港バイパスが完成。総工費約45億5千万円
  12/25神の島1丁目273-2他に神の島公園(6万5440.60平方米)が開設
  12/株式会社橋本商会が長崎市目覚町に地上4階建の橋本有料駐車場をオープン
     1984(昭和59)09/創業110周年を記念して本社ビル(地上8階)及び別館(地上5階)を竣工
  旧「レジャーランド三景台」が三景台住宅団地開発として着手
     1981(昭和56)三景台団地の造成工事が完了
  長崎〜対馬に空路が開設
  東山手12番地の旧プロシア領事館の建物が活水学院から長崎市に寄贈

1977(昭和52)【昭和】 丁巳(ひのとみ)

  《総理大臣》[第67代]福田赳夫
  《知事》[第46代(公選8代)]久保勘一
  《市長》[第24代]諸谷義武

  01/31日赤長崎原爆病院の新築移転先が元県立東高跡地と結論づけられる
     12/09長崎原爆病院の移転先として長崎東高跡地は実現不可能に
     九州横断道路の拡幅で立ち退き対象の西山地区の替え地となっているため。移転問題は翌年に持ち越し
     1980(昭和55)08/30被爆者3団体の代表が県庁に川嶋県保健部長を訪問
     長崎原爆被災者協議会、県被爆者手帳友の会、長崎原爆遺族会
     長崎市医師会の了解が得られず難航が続く原爆病院の移転問題に決着をつけて、1日も早く着工するよう陳情
  03/28グラバー園内に1900(明治33)、東京・京橋にお目見えした日本初の電話ボックスを復元
  03/30本河内町77-2に本河内公園(1021.09平方米)が、上小島4丁目510-2他に上小島公園(2457.94平方米)が
     小江原2丁目23-281にいちょう公園(1234.15平方米)が、小江原2丁目3-93につつじ公園(853.56平方米)が
     小江原2丁目23-317にさくら公園(1550.95平方米)が、北陽町716-157他に広刈公園(2280平方米)が開設
  03/31長崎県立長崎東高等学校が定時制課程の募集を停止
     2004(平成16)04/08県立長崎東中学校が開校し、併設型中高一貫教育校としてスタート
  03/草住町の医療法人浩仁会福井病院が深堀町1丁目に移転。一般病床207
     1986(昭和61敷地内に鉄筋5階建の新棟を建設
     ベット数が120床増え327床に。各階にデイルームを設け最新型のCTスキャンを導入。医療設備、環境面を充実
  03/国立雲仙岳測候所が庁舎の老朽化とアメダスの実現により廃止
  04/01児童数559の横尾小学校と児童数517の小江原小学校が開校
  04/01西彼杵郡三和町椿が丘に椿が丘公園(492平方米)が開設
  04/04一般国道383号の平戸大橋が完成。有料大橋として供用を開始。総事業費56億円。橋長879米、幅員6.5米
  04/病院として使われていた国指定史跡「旧出島神学校」の老朽化が著しくなる
     保存のため総工事費1億0500万円で文化財保護法に基づく半解体修理復元工事が始まる
     1980(昭和55)03/完成
  05/06長崎県営バスの西諫早営業所が発足
     09/04西諌早営業所が新築落成
     1983(昭和58)04/01諫早営業所が西諌早営業所に統合
  05/24市営葬儀の廃止で用途のない霊柩車が長崎市の公害測定車として登場
  06/10西浜町の洋画封切館「富士館」が長崎ステラ座としてオープン(1スクリーン、374席)
     イタリア語で「星」を意味する館名のステラ座は一般公募
     最初の上映作品は「サスペリア」
     同時にファッションショップがオープン
     のち上映作品が洋画から東宝系の邦画へかわり、数々のヒット作品が公開される
     2008(平成20)08/31閉館となる
     ここ数年、年間平均8万人強の入場があり、ほとんどの年が黒字。栄光の撤退となる
     最後の上映作品は「劇場版ポケットモンスター」
  07/04西彼杵郡香焼町に香焼第2児童公園(1134平方米)が開設
  07/17日比谷野外音楽堂で行なわれた“サマージャック'77日比谷野音”でキャンディーズが解散を宣言
     「みなさん、あたし達、みなさんに謝らなければならないことがあります…」
     名言「ふつうの女の子に戻りたい」を生む
     1978(昭和53)04/04“ファイナルカーニバル For Freedom”が後楽園球場で開催される
     キャンディーズは惜しまれつつ解散、4年半の活動に終止符を打つ。観客動員は5万5000人
  07/2033回忌にあたるこの年、長崎の鐘がここで亡くなった方々の冥福を祈るためにつくられる
     魚雷や戦車などを生産する多くの軍需工場で働く動員学徒、女子挺身隊、徴用工、一般市民原爆殉難者の冥福を祈る
  09/24長崎水族館のキングペンギンぎん吉と「ペル」との間に第1子「ペペ」が誕生
     1996(平成08)南氷洋から来た同期の仲間が死亡、ぎん吉1羽に
  09/28赤軍派による日航機ハイジャック事件(ダッカ事件)が発生
  09/片岡産業有限会社が設立
     牛、豚の内臓副産物を主体にスタート
     のち長崎で初めてのバーベキューセットの無料貸出しをはじめる
  10/01田中町249他に東望山公園(2万4060平方米)が開設
  10/04常盤町にホテル ニュータンダが開業
  10/07渡御。「長崎くんち」10/09還御
     (7)…桶屋町(本踊)、本石灰町(御朱印船)、栄町(本踊)、
     船大工町(川船)、万屋町(鯨潮吹き)、[特別参加]籠町(龍踊)
     *出場辞退…大井手町、八千代町、出来大工町
  10/15午前、平戸市から長崎市に向けて運行中の西肥自動車(乗客22、乗務員1)の特急バスが大村市内を走行中、
     「阿蘇連合赤軍」を名のる2人組の男性に乗っ取られる
     のち、バスは給油のため長崎駅近くのガソリンスタンドに立ち寄る
     スタンド従業員からの通報を受けた警察はバスのエンジンスターターを不作動にする措置をとり、バスを包囲
     犯人は赤軍派を名のるが赤軍派ではなく、ただ赤軍派を模倣しただけの行き当たりばったりの犯行
     犯人の早い時点での赤軍派とは無関係と判断できる材料
     ○乗客5人の解放と引きかえに食料・水を要求
     ○「瀬戸山法務大臣と新自由クラブの細川隆元代表(当時の野党)を連れてこなければ交渉には応じない」とコメント
     警察側は話し合いによる平和的解決ではなく、人質に危険が及ぶのを承知の上での強行突破による解決法を選択
     10/16午前4時25分、事件後18時間がすぎ、人質の体力が限界に達したとして、長崎県警は強行突入
     犯人2人に一斉射撃する。主犯(当時31歳)は警官の弾丸が首に命中、まもなく死亡
     もう1人(当時39歳)も重傷を負う。人質の乗客は全員、無事救出される
     長崎放送とテレビ長崎を通じて突入→逮捕+人質全員解放解決の瞬間を全国に中継
      テレビ長崎はNNNとFNNのクロスネット。突入時間帯はNNN経由
     後側からズームカメラでの鮮明に写っている映像がVTR保存
     のち2週間ほど前のダッカ事件から、まもない時期の強行救出策であり、
     赤軍派テロに対する断固強行姿勢を内外に示す意図が疑われ、「政治的判断の強い救出策」という批判も挙がる
     のち生き残った犯人に懲役6年が言い渡される
  11/10西彼杵郡野母崎町野母に野母崎総合運動公園(11万平方米)が開設
  11/29西彼杵郡三和町椿が丘に三角公園(297平方米)が開設
  11/長崎市が国際観光文化都市に指定される
  11/佐世保市と佐賀県伊万里市を結ぶ国見有料道路(国道498号)が完成、供用を開始
     全長6.8粁。長崎、佐賀両県で総工費約50億円。両県の道路公社が管理
     30年後に無料化する計画で、国の事業認可を受ける
     2007(平成19)11/30料金徴収期間が満了し無料化
     建設時に国から借り入れた建設資金約30億円のうち、通行料からの償還は約5億円。約25億円が未償還に
     供用開始時に30年間で目標としていた交通量4200万台が、実際は1000万台下回ったため
  12/24映画「男はつらいよ」第20作「寅次郎頑張れ!」が封切られる。監督・山田洋次、配給・松竹株式会社
     ロケ地は長崎県平戸市。マドンナは平戸で土産店を経営する藤村志保
  12/27長崎市役所と別館を結ぶ連絡歩道橋が完成。総延長69米
  長崎電鉄が市内観光のため1日乗車券を発売
  本石灰町電車通り(市道本石灰町銅座町1号線)裏の商店街に「思案橋横丁」看板が掛かる
     1981(昭和56)「思案橋横丁グルメ通り」看板に掛け替わる
     2002(平成14)頃看板の老朽化に伴い、付近の店主らが掛け替えを望む声があがる
     2007(平成19)09/04「思案橋横丁」看板に掛け替わる
     “二代目”思案橋横丁は赤地に白文字で記され、計7枚を設置。工事費約500万円
     同商店街内にある飲食店などの位置を示す看板も初めて設けられる
  松森神社境内の神池の近くに牛込忠左衛門が詠じた句碑を建立
     句は1680(延宝08)、長崎奉行牛込忠左衛門勝登が整備したときに詠じた「涼しさや御影とたのむ松の森」
  長崎市新地町の「中華料理京華園」が全館鉄筋コンクリート建て6階で厨房を2階に移設
     長崎中華街で初の洋室を増設し婚礼を充実
     1982(昭和57)中国海鮮料理始める
  丸山町の長崎芸能会が長崎検番となる
  火災にあった滑石太神宮が氏子らの寄進により再建
  ●●●に西洋料理発祥の碑が建立
  池島鉱でガス爆発。死者3人
     1985(昭和60)年産最高153万瓲を達成。協力会社を含む従業員数は2400人に上る

1978(昭和53)【昭和】 戊午(つちのえうま)

  《総理大臣》[第67代]福田赳夫(→12/07)、[第68代]大平正芳(12/07→)
  《知事》[第46代(公選8代)]久保勘一(→03/01)、[第47代(公選9代)]久保勘一(03/02→)
  《市長》[第24代]諸谷義武

  01/29住民待望の生活道路、市道立山6号線が開通。長さ約500米、幅員4〜6米
  01/国道34号馬町〜螢茶屋の拡張工事の一環で馬町交差点で地下歩道の建設工事が始まる
  01/加藤久邦主宰「加藤ユニークバレエ」の名称が「かとうフィーリングアートバレエ」となる
  02/17市立長崎病院内で市立病院成人病センターと市休日夜間急患診療所の起工式
     10/21長崎市、市立長崎病院内に休日夜間急患診療所を開設
  03/29伊良林3丁目510-6他に風頭公園(2万6千平方米)が、上小島2丁目659-1に桜尾公園(991平方米)が
     本河内1丁目2696-1他に本河内低部公園(695.43平方米)が、出雲1丁目160-4に鍋鶴公園(340平方米)が
     大浜町650-107に大浜東公園(550.84平方米)が、大浜町650-109に大浜大迫公園(619平方米)が
     毛井首町1-97に毛井首公園(1412.67平方米)が、三ツ山町1401-4に六枚板公園(589.44平方米)が
     油木町51に油木公園(1024平方米)が、昭和町236に浦上水源公園(1232平方米)が
     大手町2丁目407-369他に大手町公園(583.77平方米)が開設
  03/31西彼杵郡琴海町大平郷に琴海北部運動公園(2万4633平方米)が
     西彼杵郡野母崎町脇岬に脇岬北児童遊園公園(513平方米)が開設
  03/長崎バス(株)常盤町営業所の路線の一部を分離し松ケ枝営業所が開設
     日本初のバス立体駐車場として注目を集める。5階建で4階までが駐車場
  04/04キャンディーズの“ファイナルカーニバル For Freedom”が後楽園球場で開催される
     キャンディーズは惜しまれつつ解散、4年半の活動に終止符を打つ。観客動員は5万5千人
  05/01ビジネス特急バス「ありあけ号」の季節便が廃止となり13往復(産交6、県営4、島鉄3)となる
     特急バス「ありあけ号」は長崎〜熊本を一般国道と有明フェリー経由で結ぶ
     1980(昭和55)06/10往復(産交5、県営3、島鉄2)に減る
  05/10唐人屋敷内の土神堂を長崎市が復興
     昭和25(1950)09/13解体以前の約半分の大きさになる
  05/13放射能漏れをおこした原子力船「むつ」(8214瓲)の佐世保港修理受け入れを政府が県に正式要請
     知事提案の原子炉の鍵を知事が管理保管する「核封印方式」で受け入れ
     10/16原子力船「むつ」が佐世保重工構内の甲岸壁に接岸
     50隻の阻止船団の海上デモ、陸上では抗議集会・デモが行なわれるなかの接岸
     1982(昭和57)08/修理を終えた「むつ」に鍵が返され、むつ市の大湊港に向けて出港
  05/26長崎市とポルトガル北部に位置するポルト市が姉妹都市提携を結ぶ
     長崎駐在ポルトガル名誉領事清島省三を介して意向打診、姉妹都市提携が行なわれる
     05/28外海町とフランスのヴォスロール村が姉妹都市提携を結ぶ
     ヴォスロール村は北西部のノルマンディー地方中部海岸部、カルバドス県に属すする
     ド・ロ神父の研究家のヴォスロール村への訪問をきっかけに旧外海町から提携申し込みの打診
     ド・ロ神父の人類愛の精神を引き継ぎ、国際平和の促進に役立てようと姉妹都市の提携が行なわれる
  05/28外海町とフランス北西部のノルマンディー地方中部海岸部、カルバドス県に属すヴォスロール村が姉妹都市提携を結ぶ
     ド・ロ神父の研究家のヴォスロール村への訪問をきっかけに旧外海町から提携申し込みの打診
     ド・ロ神父の人類愛の精神を引き継ぎ、国際平和の促進に役立てようと姉妹都市の提携が行なわれる
     10/17長崎市とオランダ西南部に位置するジーランド州に属するミデルブルフ市が姉妹都市提携を結ぶ
     駐日オランダ大使館、長崎駐在オランダ名誉領事鈴木従道を介して提携の申し入れがあり姉妹都市を提携が行なわれる
  05/29開発面積27万5641平方米、宅地面積12万4002平方米の西山団地が完成。分譲申込の受付が開始
     募集330宅地に対し2372名の応募申込があり競争率は7倍を超える
  06/03銅座町5番4号に好文堂ステラ支店がオープン
  06/15長崎市歴史民俗資料館本館(香港上海銀行長崎支店、大浦警察署)が開館
     1988(昭和63)04/休館となる
  06/15松が枝町の旧香港上海銀行長崎支店に長崎市歴史民俗資料館本館を開設
     また松が枝町の旧長崎税関下り松派出所に分館を開設
     1989(昭和64)01/05出島町の旧出島神学校に本館を移転開設
     1997(平成09)08/01上銭座町の旧長崎県社会保険診療報酬支払基金事務所に移転。分館と統合して開設
     2006(平成18)04/01平野町の長崎市平和会館内の市立博物館跡に移転
     上銭座町の旧館に比べ約1.5倍の広さとなり、交通の便も大きく向上。展示の充実や入場者の増加につながると期待
     展示品は農耕機具など約5千点
     04/08開館式が約300人の関係者が出席し開かれる
  06/西浜町東宝富士館跡に地下1階、地上6階の「ステラビル」が完成
     【一説に1977(昭和52)開業】
  07/05網場町の長崎造船大学の名称が実情にあわないと長崎総合科学大学に改称
  07/13長崎県営バスが長崎市内に冷房車の運行を開始
  07/諫早駅前に諫早ターミナルホテルがオープン
  08/16長崎電鉄の全車両のワンマン改造が終了
  10/01県警本部が長崎市内で都市交通対策の一環でバス専用レーン規制を実施
  10/01東亜国内航空の長崎〜大分線が開設。40分で結ばれる
  10/02初代南極観測船「宗谷」が退役
     国際地球観測年に伴う南極観測で、耐氷構造を買われ南極観測船に選定。南極へ向けて計6回にわたり出港
     1979(昭和54)05/船の科学館前に係留され永久保存展示
  10/07渡御。「長崎くんち」が雨天のため日程変更10/10還御
     (1)…八幡町(本踊・山伏道中)、麹屋町(川船)、
     西浜町(龍船・本踊)、万才町(本踊)、[特別参加]諏訪町(龍踊)
     *出場辞退…五島町、銀屋町、興善町
  10/17長崎市とオランダ西南部に位置するジーランド州に属するミデルブルフ市が姉妹都市提携を結ぶ
     駐日オランダ大使館、長崎駐在オランダ名誉領事鈴木従道を介して提携の申し入れがあり姉妹都市を提携が行なわれる
     1980(昭和55)10/20長崎市と中国南部に位置する福建省の省都・福州市が姉妹都市提携を結ぶ
     中日友好船「明華号」の長崎訪問の際、友好協会会長の廖承志に要望書を託し歴史的なつながりのもと友好都市の提携が行なわれる
  11/神代文字」が鍛冶屋町(今籠町)の天満宮で見つかる
     ということは1975(昭和50)頃以降もまだ天満宮が今籠町にあったことになる
  12/14日本銀行長崎支店の旧店舗が老朽化したため新店舗が完成
  12/19丸尾町120に江の浦川公園(292.23平方米)が、椎の木町541-1に椎高公園(372.86平方米)が
     十人町34に十人町公園(313.86平方米)が、相生町78に相生町公園(122平方米)が
     平野町75-2に平野町公園(1118.51平方米)が、つつじが丘1丁目1210-5他に古賀団地北公園(801.3平方米)が
     つつじが丘2丁目1170-115に古賀団地西公園(560.39平方米)が
     つつじが丘1丁目1189-1に古賀団地南公園(411.49平方米)が開設
  12/21石油公団による世界初のタンカー錨泊方式による石油備蓄が周辺漁協に漁業補償を行ない橘湾でスタート
     第4次中東戦争勃発による第1次石油危機による石油の安定供給のため、国家備蓄体制を整えることが要請される
     第1次(2年間)は25万瓲級のマンモスタンカー10隻、第2・3次(2年間)は各13隻、
     第4次は1984(昭和59)12/〜1年契約で9隻が、それぞれ錨泊
     1985(昭和60)12/05石油事情が好転。民間陸上備蓄基地の拡大が進む、
     タンカー備蓄は陸上より高くつく…などの理由で打ち切られ、タンカーの出港が開始
  光町に平安社長崎斎場ができる
  コルベ神父(マキシミリアノ・マリア・コルベ)の仮修道院(南山手10番館)が取り壊される
     暖炉(マントルピース)だけが残される
     1982(昭和57)10/10聖者に列せられる
  長崎県営バス、西肥バス、佐世保市営バス、長崎バス、島鉄バスと共通して使うことができる回数券が登場
     1987(昭和62)12/20長崎県営バスが共通回数乗車券制度の運用開始
     1988(昭和63)04/25共通回数券制度(県営、長崎、西肥、島鉄、佐世保市営)の実施
     2002(平成14)01/21回数券に代わり、5社共通で使える全国初の共通ICバスカード「長崎スマートカード」が導入
     ソニーのFeliCa(フェリカ)技術が使われる
     2004(平成16)長崎スマートカードへの切り替えが完了
     2004(平成16)09/30各回数券の販売が中止
     2005(平成17)04/01回数券は使用できなくなる
  九州商船によりにより「フェリーあがた」が対馬・比田勝−小倉航路に就航
     1998(平成10)比田勝−博多航路に変更
  長崎電鉄が既設車へ冷房設備の導入をはじめる。初導入は373号、377号
     その後、暖房化工事と並行して暖房工事が進む
     1987(昭和62)保有車両76両の内、花電車2両、他社から譲渡された5両を除いた全てが暖房車に
  長崎県営バスがこの年より7年間にわたり自主再建に取り組む
     1988(昭和56)04/01輸送人員の減少に歯止めがかからなくなる
     地方公営企業法第49条に基づく準用財政再建の指定を受ける
     経営の建て直しを行なう。準用財政再建は昭和62年度までの7年間
     429人の人員整理、4度にわたる職員の昇給延伸や総額2億円にのぼる資産処分など、労使一体の再建計画を達成
  諫早に「諫早玉屋」がオープン

1979(昭和54)【昭和】 己未(つちのとひつじ)

  《総理大臣》[第68代]大平正芳(→11/09)、[第69代]第2次大平正芳内閣(11/09→)
  《知事》[第47代(公選9代)]久保勘一
  《市長》[第24代]諸谷義武(→05/01)、[第25代]本島等(05/02→)

  01/31西彼杵郡琴海町村松郷に琴海南部運動公園(1万1509平方米)が開設
  02/03「長崎くんち」の奉納踊が国指定重要無形民族文化財に指定される。この指定は県内初
  03/17市立長崎病院を市立病院成人病センターと改称。●●●町に落成【03/26?】
     03/26長崎市立病院成人病センター落成式
  03/21西彼杵郡三和町為石に為石中央公園(597平方米)が開設
  03/25南町343-1他に南町公園(959.42平方米)が、本河内3丁目915-1に出来屋敷公園(711.07平方米)が
     深堀1丁目11-42他に深堀東公園(3724.59平方米)が、大浜町298-104に大浜明神公園(962.5平方米)が
     小瀬戸町1015-6に小瀬戸公園(397.36平方米)が開設
  04/01虹が丘小学校が開校
  05/21永年の念願だった県道神ノ島飽の浦線の木鉢トンネルが開通。延長727米、歩道を含む幅員8.5米
     それまでの西泊は陸の孤島で立神から峠道を山越えするか市営交通船を利用するしかなかった
  05/野母商船が博多〜五島の航路に姉妹船貨客フェリー「フェリー太古・清信」(460瓲)を就航
  05/退役した初代南極観測船「宗谷」が船の科学館前に係留され永久保存展示
     国際地球観測年に伴う南極観測で、耐氷構造を買われ南極観測船に選定。南極へ向けて計6回にわたり出港
  06/30唐津バスセンター新築竣工
  06/木鉢トンネル開通により神の島に長崎バス(株)の仮営業所を開設。飽の浦営業所を廃止
     1982(昭和57)04/神の島営業所が隣接地に新築移転
  07/03土地開発公社が長門商会から東山手地区洋館群を購入
     1979(昭和54)10/09長崎市が東山手地区洋館群7棟のうち2棟を購入
     1980(昭和55)12/05長崎市が残りの5棟を購入
     1983(昭和58)05/012棟を解体復元。1棟を一般公開、1棟は管理棟
     1984(昭和59)05/012棟を解体復元
     1987(昭和62)03/312棟を解体復元
     1988(昭和63)03/311棟を解体復元
  07/雇用促進事業団と県と市により式見ハイツがオープン。工費8億9700万円
  08/09長崎電鉄に軽快電車の実用車第1号として2000形(2001号、2002号)が川崎重工、アルナ工機で新造、導入
     電鉄初の冷房車であり、暖房装置がついた初の新造車両
     1981(昭和56)08/02鉄道友の会のローレル賞を受賞
  08/09西彼杵郡琴海町西海郷に琴海ニュータウン三角公園(807平方米)が開設
  09/11日中定期航空路の3番目として長崎〜上海が開設。「長崎空港」が国際空港としてスタート
     上海行1番機DC-8・62型機が飛び立つ
     長崎空港は「税関空港」「動物検疫飛行場」「植物防疫飛行場」「入出国港」に指定
     日本航空が毎週火曜日に成田・長崎〜上海、中国民航が毎週木曜日に北京・上海〜長崎に往復ダイヤを組む
     1985(昭和60)04/中国民航が週2往復に増便
     1994(平成06)11/日本航空は長崎便が運休になり、成田〜上海直行便の運航を始める
     2002(平成14)02/05中国民航総局が直属の航空会社9社を3集団に統合集約
     長崎〜上海航空路が中国東方航空により運航
  09/25長崎大学の外山三郎教授が鷹島町住吉神社の3本のアコウを調査
     アコウはクワ科の常緑高木で熱帯・亜熱帯性で台湾や琉球に多い
     高さは20米にもなり幹や枝より気根を垂らす。地中に入った気根は支柱根となる
     南方系のため対馬暖流に影響され西南日本の沿岸に生え、分布の北限が住吉神社となる
     1980(昭和55)02/29県指定の天然記念物となる
  09/リンガーハット・チェーン店関東地区第1号店(通算第37号店)が埼玉県与野市に開店(大宮バイパス与野店)
     1981(昭和56)03/「長崎皿うどん」の販売を開始
  10/01愛宕2丁目335-1に愛宕上北公園(270.76平方米)が、高尾町411-12他に高尾北平公園(433平方米)が
     川平町1376-3他に下川平公園(508.06平方米)が開設
  10/08渡御。「長崎くんち」が雨天のため日程変更10/10還御
     (2)…新橋町(阿蘭陀万才)、諏訪町(龍踊)、賑町(本踊)、西古川町(本踊)、
     新大工町(曳壇尻)、榎津町(川船)、[特別参加]樺島町(太鼓山)
     *出場辞退…磨屋町、金屋町、本紙屋町
  10/09長崎市が土地開発公社から東山手地区洋館群7棟のうち2棟を購入
     1980(昭和55)12/05長崎市が残りの5棟を購入
  10/長崎市冠婚葬祭互助会が株式会社セレモニー長崎に改名
  10/長崎大学に歯学部が新設される
     1997(平成09)10/長崎大学で国立大学最初の文理融合学部として環境科学部が発足
  11/23分柴山福済寺に「万国霊廟長崎観音」が建立される
  11/中小島町76番地の旧西洋料理店「福屋」が解体、現中小島公園
  12/13西彼杵郡三和町為石に為石六軒公園(650平方米)が開設
  12/長崎バイオパークがオープン
     監修:近藤典生東京農業大学名誉教授、設計:株式会社 日本設計、総面積:約30万平方米
  長崎駅前に西九州第一ホテルが開業。客室数は81
     1998(平成10)ホテルや岩盤浴場を運営する法楽が経営を引き継ぐ
     2008(平成20)04/17アパグループが西九州第一ホテルを買収、アパホテル長崎駅前として営業を開始
  上五島中道島の鯛ノ浦教会に新聖堂が造られる
     潮風のため建物の破損が著しく不漁続きの不況の最中ながら信徒たちは巨額を拠出
     旧聖堂は図書館などのほか信仰教育の「けいこ場」として残される
  長崎航空株式会社がアイランダー型機(乗客8人乗り)を導入
     のち11機を保有し、最大7路線に就航
     のち2001(平成13)07/に導入された39人乗りダッシュ8に主力が移り
     また遊覧飛行などに最適な「名機」の半面、有視界飛行のため天候不良の影響を受けやすく、就航率は80%台に
     2006(平成18)03/末長崎〜上五島、長崎〜小値賀、上五島〜福岡、小値賀〜福岡線などの路線廃止とともに引退
     2006(平成18)07/11最後に残った1機が海外の航空会社に売却されることが決定。「見送る会」が開かれる
     保有3機のおうち2機は、すでに売却済
     翌日売却先のデンマークの航空会社に送られる

1980(昭和55)【昭和】 庚申(かのえさる)

  《総理大臣》[第69代]第2次大平正芳内閣(→06/12)
        [第2次大平内閣]大平正芳の死去により内閣官房長官伊東正義が臨時代理(06/12→07/17)
        [第70代]鈴木善幸(07/17→)
  《知事》[第47代(公選9代)]久保勘一
  《市長》[第25代]本島等

  02/15日赤長崎原爆病院と被爆者検査センターで原爆被爆者2世の健康診断を開始
  02/18「魔の踏切」と呼ばれる国鉄長崎本線の西町踏切の拡張工事が始まる
  02/29鷹島町住吉神社の3本のアコウが県指定の天然記念物となる
     アコウはクワ科の常緑高木で熱帯・亜熱帯性で台湾や琉球に多い
     高さは20米にもなり幹や枝より気根を垂らす。地中に入った気根は支柱根となる
     南方系のため対馬暖流に影響され西南日本の沿岸に生え、分布の北限が住吉神社となる
  03/01高い数値の残留放射能が検出されている長崎市西山地区の非被爆者住民に対する健康診断が始まる
  03/03銅座町の東京銀行長崎支店の店舗と営業の譲渡を受け三菱信託銀行長崎支店が営業を開始
     信託銀行の長崎県進出は初
  03/14第1回ホワイトデー開催
  03/29出雲1丁目15-12に出雲本通公園(317.51平方米)が、古河町18-1に古河町公園(171.69平方米)が
     西琴平40-1に西琴平公園(281.18平方米)が、小江原2丁目23-312に鏡が丘公園(204.72平方米)が
     神の島1丁目351-2に神の島1丁目公園(206平方米)が、神の島3丁目24-35に神の島3丁目公園(201.96平方米)が
     大浜町650-108に大浜中公園(188.05平方米)が、小ケ倉1丁目629-1に小ケ倉なかまち公園(430.18平方米)が
     川平町375-1に千茶の木公園(490.85平方米)が、横尾2丁目1446-207他に秋寄公園(5506.72平方米)が
     横尾5丁目1446-445に山の木公園(5511.18平方米)が、横尾3丁目1947-27に横尾元村公園(319平方米)が
     滑石2丁目201-21に滑石2丁目第1公園(141.45平方米)が、滑石2丁目201-3他に滑石2丁目第2公園(293.12平方米)が
     滑石4丁目1427-3に滑石大山公園(175.99平方米)が、滑石4丁目1183-21に堤平第1公園(332.28平方米)が
     滑石4丁目1206-92に堤平第2公園(187.44平方米)が、滑石4丁目1206-126他に堤平第3公園(329.03平方米)が
     岩屋町830に岩屋竹下公園(194.44平方米)が、岩屋町585-13に岩屋音石公園(203.09平方米)が
     錦2丁目889-32に錦公園(331平方米)が、柳谷町534-48に柳谷中通り公園(326.32平方米)が
     油木町246-35に油木西部公園(367.86平方米)が開設
  03/31長崎市大気汚染監視テレメーターシステム開所式
  03/31ポルトガル共和国・ポルト市より寄贈された「平和の記念碑」が平和公園内に設置
     碑文には「姉妹都市長崎市の原爆犠牲者に対し、ポルト市より敬意を表して」と刻まれる
  03/国指定史跡「旧出島神学校」が完成
     保存のため総工事費1億0500万円で文化財保護法に基づく半解体修理復元工事をしていた
  04/01長崎県営バスの長与営業所本原出張所が廃止
  04/08生月島の舘浦漁港を見下ろす絶好のロケーションに生月観音(生月魚藍観音)が建立される
     高さは18米、基段部が3米、計21米
  04/ローマ法王の訪日要請を契機として、浦上天主堂の今までの不足を補って鉄筋による改装工事が着工
     外装を赤レンガ造りに、窓をすべてステンドグラスに
     10/原爆による崩壊前と同じ赤煉瓦造りの御堂が蘇る
     1996(平成08)聖堂2階に英国製パイプオルガンを設置
  05/01西彼杵郡香焼町に香焼総合公園(15万2180平方米)が開設される
  05/23式見川総合開発事業として県と市が園田町に多目的ダム式見ダムを完成
     総貯水量215万立方米、1日1万2千立方米の上水道用水を供給。総事業費43億円
  06/01平戸観光ホテル蘭風が全日空ホテルズに加盟
  06/ビジネス特急バス「ありあけ号」が10往復(産交5、県営3、島鉄2)に減る
     特急バス「ありあけ号」は長崎〜熊本を一般国道と有明フェリー経由で結ぶ
     1991(平成03)06/016往復(産交3、県営3)に減る。普賢岳噴火の影響もあり島鉄が撤退
  06/宗教法人聖フランシスコ病院会の結核病床が廃止となる。病床数が228床となる[一般病床228床]
     1996(平成08)04/救急病院の告示認定がされる
  07/17長崎県医師会館の新築工事起工式が行なわれる
     1981(昭和56)04/25長崎県医師会館の新築落成式が行なわれる
     旧三菱長崎製鋼跡地に鉄筋コンクリート造4階建て、総事業費約11億5千万円
  08/26チェコスロバキア社会主義共和国より寄贈された「人生の喜び」が平和公園内に設置
     女性が男の子を両手で差し上げ母親と子供の喜びを表現する
  08/28〜31長崎県北・西彼杵郡で豪雨
     日雨量405.5粍。死者1人、負傷者5人、家屋の全壊・流出29戸、半壊29戸、床上床下浸水2779戸
  08/30被爆者3団体の代表が県庁に川嶋県保健部長を訪問
     長崎原爆被災者協議会、県被爆者手帳友の会、長崎原爆遺族会
     長崎市医師会の了解が得られず難航が続く日赤長崎原爆病院の移転問題に決着をつけて、一日も早く着工するよう陳情
     09/24長崎市医師会が原爆病院の移転新築問題で、市衛生部に要望書を提出
     「病院側が被爆者専門病院としての診療体制を明示するよう対応してほしい」と
     09/25長崎県、長崎市、原爆病院、市医師会の4者会談が開かれる
     関係者が協力し合って着工への話をまとめることで大筋合意
     12/13日赤長崎原爆病院の移転新築工事、長崎市茂里町の元製鋼所跡地で起工式
     1982(昭和57)11/29日赤長崎原爆病院の新築落成式を長崎新聞文化ホールで行なう
  09/浜市アーケード内テラゾー舗装が完成。総工費4億9千万円
     全長362.8米、幅6米、天井高8.7米、支柱70本、テラゾータイル1万8200枚
  09/長崎バス(株)が九州初の本格的サロンバス(グランドサロン)を導入
  09/株式会社唐草が西彼杵郡多良見町に新工場を落成。岩見町より移転、1階に直営店開設
     株式会社唐草は九州銘菓「長崎物語」や「おたくさ」などを販売
     1983(昭和58)10/長崎の出島をかたどった「出島蘭館」を発売
  10/01長崎と熊本を佐賀線経由で結ぶ国鉄の急行「ちくご」が廃止
  10/01島原鉄道による国鉄線への直通運転を廃止
  10/07渡御。「長崎くんち」10/09還御
     (3)…上町(本踊)、油屋町(川船)、元船町(唐船祭)、鍛冶屋町(宝船・本踊)、筑後町(龍踊)
     *出場辞退…中町、今籠町
  10/10第23回日本放射線影響学会長崎大会が開催
     岡島俊三長大教授が「西山地区のプルトニウムの残留放射能は他地区の8倍も高い」と発表
  10/20長崎市と中国南部に位置する福建省の省都・福州市が姉妹都市提携を結ぶ
     中日友好船「明華号」の長崎訪問の際、友好協会会長の廖承志に要望書を託し歴史的なつながりのもと友好都市の提携が行なわれる
  10/31笹川良一が関係する日本海洋開発がポルトガル定期船マードレ・デ・デウス号の財宝の引き揚げを試みる
     港口四郎ケ島南約8百米の海上で、調査船上には本島長崎市長ら関係者以外の20人の姿も
     音波探知機には反応するが船体は発見できず
     半月後引き揚げを断念
  11/24出島和蘭商館跡内の「長崎新聞」社屋が茂里町の三菱長崎製鋼所跡地に完成
     1980(昭和55)12/本社が出島町から茂里町に新築移転
     鉛活字からコンピュータ化された写真植字とし、凸版印刷からオフセット高速輪転機による印刷方法に
  12/03ブルガリア人民共和国より寄贈された「Aコール」が平和公園内に設置
     腕を上げた女性像で、平和と調和を求めて戦う若者を表現
  12/05鉄骨鉄筋コンクリート造地上9階、地下2階の長崎商工会館完工式が挙行
     商工会議所創立100周年を記念し、総事業費約25億6千万円で建設
  12/05長崎市が土地開発公社から東山手地区洋館群の残り5棟を購入
     1983(昭和58)05/012棟を解体復元。1棟を一般公開、1棟は管理棟
  12/18西彼杵郡香焼町に香焼第4児童公園(861平方米)が開設される
  12/「長崎新聞」の本社が出島町から茂里町に新築移転
     従来の鉛活字からコンピュータ化された写真植字となり、凸版印刷からオフセット高速輪転機による印刷方法に
     1981(昭和56)08/11長崎新聞社の屋上に救難、救急活動の拠点としてヘリポートがオープン
     1993(平成05)06/夕刊発行を休刊とし、朝刊を充実
  長崎空港にジャンボジェット機が就航
  城山小学校、原爆校舎の階段塔屋部分は教室として使われたが、新校舎建設の際、一部が遺構として残される
     1982(昭和57)09/07城山小学校の原爆校舎のうち被爆の惨劇をもっとも留めた南校舎が解体される

1981(昭和56)【昭和】 辛酉(かのととり)

  《総理大臣》[第70代]鈴木善幸
  《知事》[第47代(公選9代)]久保勘一
  《市長》[第25代]本島等

  01/20長崎商工会館の落成披露式が挙行される
  01/マクドナルド長崎1号店がオープン
  01/矢上団地の第1期工事がスタート。総面積約102ヘクタール
     1983(昭和58)第1期分譲が始まる
  02/25夕刻、ローマ教皇ヨハネ・パウロ2世(カロル・ウォイティワ)が広島より長崎空港に到着
     午後06時38分、アンゼラスの鐘が鳴り響く浦上天主堂の祭壇で約2千人出席の司祭叙階ミサを主宰
     浦上天主堂で約2千人出席のミサを主宰。長崎教区の3人を含む15人の叙階式を行なう
     02/26午前09時、松山の市営陸上競技場での歓迎集会(野外ミサ)に出席
     記録的な最低気温で零下2.8度、猛吹雪の中積雪2糎を記録
     およそ4万7千人の信者を前に「…長崎の殉教はキリスト教初代の人々の殉教にも比べられる…」と述べる
     日本の殉教者を記念するミサと76人の洗礼式が執り行なわれる
     午後西坂の日本二十六聖人殉教地を訪問
     日本二十六聖人殉教地では二十六聖人を称える
     「…愛は死より強く、この世で最高の勝ちを持つ。彼らはキリストの教えの本質を具現化した…」
     生月や五島、外海のカクレキリシタンたちと劇的な再会
     続いて大浦天主堂、本河内の聖母の騎士修道院を訪問
     教皇と同じポーランド出身のコルベ神父の遺品を前に涙ぐむ
     午後06時半、三ツ山の原爆ホームを訪れ約500人の被爆者を励ます
     午後10時、大雪の中、アンカレジ経由の日航特別機でローマへ向けて離崎
     長崎で取材したマスコミ関係者は国内700、海外から100人が集まる
  02/25ヨハネ・パウロ2世の歓迎集会がテレビ取材されるため、作家の曾野綾子がゲスト出演者として来崎
  03/30西山台1丁目346-159に西山台西公園(843.09平方米)が、西山台1丁目346-2他に西山台南公園(3782平方米)が
     西山台2丁目410-58に西山台中央公園(926.39平方米)が、西山台2丁目410-232に西山台東公園(897.01平方米)が
     西山台2丁目410-306他に三川公園(3757平方米)が、戸町4丁目212-49他に鶴見公園(585.59平方米)が
     本河内町2丁目560-2に本河内2丁目公園(2052.60平方米)が、茂木町2188-2他に潮見崎公園(419.37平方米)が
     千歳町2200-4に千歳町緑地公園(1922.12平方米)が、横尾4丁目1446-237に上横尾緑地公園(4603.35平方米)が
     滑石2丁目89-9他に滑石平宗公園(4618平方米)が、滑石3丁目1486-6他に滑石寺川内公園(899.7平方米)が
     滑石3丁目548-18他に滑石3丁目上の公園(157.16平方米)が、滑石3丁目1465-3他に滑石3丁目中の公園(728.04平方米)が
     滑石3丁目468-23に滑石3丁目下の公園(241.21平方米)が開設
  03/諫早新聞「ナイスいさはや」が創刊
     諫早市を中心に飯盛町、森山町、高来町、小長井町、多良見町、愛野町に向けて無料配布するタウン紙
     のち発行部数が4万3000部となる
  03/リンガーハット・チェーン店が「長崎皿うどん」の販売を開始
     1994(平成06)04/関西地区第1号店(通算第225号店)が大阪府東大阪市に開店(東大阪西堤店)
  04/01県共済組合宿舎・南山手荘跡のグラバー園内に「長崎伝統芸能館(くんち資料館)」がオープン
  04/01原爆で欄干や橋脚の一部が壊れていた下大橋が架け替えられる
  04/01西彼杵郡三和町蚊焼にさざなみ公園(476平方米)が開設
  04/01長崎県営バスの輸送人員の減少に歯止めがかからなくなる
     地方公営企業法第49条に基づく準用財政再建の指定を受ける
     経営の建て直しを行なう。準用財政再建は昭和62年度までの7年間
     429人の人員整理、4度にわたる職員の昇給延伸や総額2億円にのぼる資産処分など、労使一体の再建計画を達成
  04/02第3種空港「上五島空港」が供用を開始。滑走路800×25米
  04/25長崎県医師会館の新築落成式が行なわれる
     旧三菱長崎製鋼跡地に鉄筋コンクリート造4階建て、総事業費約11億5千万円
  04/29九州初のミッション系4年制大学の活水女子大学が開校
  05/風疹が全国的に流行
  05/14総評が日本に招待したポーランドのレフ・ワレサが来崎
     ワレサは1980(昭和55)に労働者と知識人の結束による「連帯」で活躍、委員長に就任
     原爆資料館を見学し、平和祈念像に献花
     05/13ちょうど法王が銃弾に倒れホテル近くの大浦天主堂にミサに参加、回復を祈る
  05/28車椅子のまま利用できる公衆電話が市内に初めて設置される
  05/31ドイツ民主共和国(旧東ドイツ)より寄贈された「諸国民友好の像」が平和公園内に設置
     平和と人類の幸せな未来、諸国民友好を求める努力を象徴
  06/長崎バス(株)が松島でバスの運行を開始。それまでは大瀬戸港から船で15分を要した
     1983(昭和58)松島線でフリーバスを運行
     安全な場所なら自由に乗降ができるようになる
  07/20長崎水族館の日本でただ1羽の皇帝ペンギン「フジ」が17年3か月22日の長期飼育記録を樹立。長寿日本一
  07/21国際文化会館別館跡地に鉄筋コンクリート造の地下1階、地上5階建の長崎市平和会館がオープン
     国際文化会館別館跡地は国際文化会館の隣となる
  08/01日本近距離航空が長崎−福江線の運航を開始
  08/02長崎電鉄の軽快電車2000形(2001号、2002号)が鉄道友の会のローレル賞を受賞
  08/08映画「男はつらいよ」第27作「浪花の恋の寅次郎」が封切られる。監督・山田洋次、配給・松竹株式会社
     ロケ地は大阪府天王寺、長崎県対馬、奈良県生駒町。マドンナは芸者の松坂慶子
  08/11長崎新聞社の屋上に救難、救急活動の拠点としてヘリポートがオープン
     1993(平成05)06/夕刊発行を休刊とし、朝刊を充実
  08/28唐八景から八郎岳を結ぶ尾根に面積約6500平方米の「市民の森」運動広場が完成
  09/25タウン情報誌「ザ・ながさき」が月刊で創刊。A5判、本文60頁
  10/09渡御。「長崎くんち」が雨のため日程変更10/11還御。奉納踊は10/10、11に
     (4)…馬町(本踊)、築町(御座船・本踊)、八坂町(川船)、
     東浜町(竜宮船・本踊)、[特別参加]諏訪町(龍踊)
     *出場辞退…銅座町、広馬場町、湊町
  11/18西彼杵郡三和町蚊焼にグリーンタウン公園(202平方米)が開設
  11/俳優の上原謙が神ノ島教会で結婚式を挙げる
  11/佐世保重工業株式会社でBS−SASEBO方式によるタンク搭載のLEG船「第二昭鶴丸」(800瓲積)を竣工
  12/01西彼杵郡香焼町に香焼第1児童公園(4824平方米)が開設
  12/02三菱開発(本社東京)が「小ケ倉ニュータウン(南長崎ダイヤランド)」の建設を始める
     計画戸数は民間では最高の1977戸
     1984(昭和59)南長崎ダイヤランドの第一期分譲が開始
     1989(平成01)ダイヤランドの造成工事が完了
  12/銅座町に「MOONSHINE」がオープン
     1982(昭和57)07/長崎大水害のため築町の「CAVEAU」がリニューアルオープン
     「Rock&Blues House CAVEAU」は1974(昭和49)09/にオープン
  旧「レジャーランド三景台」の三景台団地の造成工事が完了
     1982(昭和57)06/01三景台団地の町名、早坂町、弥生町、田上町が住居表示実施で三景台町となる
  本石灰町電車通り(市道本石灰町銅座町1号線)裏の商店街の看板「思案橋横丁」が「思案橋横丁グルメ通り」に掛け替わる
     2002(平成14)頃看板の老朽化に伴い、付近の店主らが掛け替えを望む声があがる
  三川町に学校法人精道学園の校舎が建設される
  茂木ビーチホテルを所有していた大長崎建設が倒産、のち建物が解体
  長崎電鉄が既設車へ冷房設備の導入をはじめる。第1号は372号
     三菱電機が開発を始めた車両用のエアコンを試験もかねての導入
     結果が良好で翌年より随時既設車両に三菱製エアコンを導入
     1987(昭和62)保有車両76両の内、花電車2両、他社から譲渡された5両を除いて全て冷房車に
  伊王島に栄橋が完成

1982(昭和57)【昭和】 壬戌(みずのえいぬ)


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