社会学14

面接の受け方、プロフィルの書き方について

  

自分が「まだやってないこと」を、人に説明するのはつらい。どうのりきったらいいのだろうか?

例えば、次のような事例は、若者だけではないはずだ。

  

事例1

私は今就職活動中の大学三年生です。就職活動やめたい、と、私は今思っています。

別にやりたいことがない訳ではありません。むしろ、「あります」。

でもそれにたいして段々自信がもてなくなって来ました。

「どうして、やりたいの?」とか、「どうしてうちの会社?」とか、「うちの会社で何がやりたいの?」

という質問に、詰まります。

「志望している業界の中の会社だから」「御社が募集していた職種」

という答えしか私は持ち合わせていません。

「明確な目標を持ったあなたを歓迎します」なんて謳い文句で募集されても、

この人たちはその明確な目標の元にその仕事に就いたんだろうか?

元々持っている目標を無理矢理具体化して提出しなければならない就職活動に少し嫌気がさしてしまって。

実際に働いている人たちがそれほど「こうなりたい!」という目標の元に仕事をしているようには感じ

られないし、やりたいことが見つからないと自己嫌悪に陥るのは確かによくないと思うのですが、

生計を立てるためだけの仕事がしたいなら、就活を辞める人ってそんなにいないんじゃないでしょうか。

  

事例2

先日お会いした、編集者のWさんは、転職で3社目、やっと満足いく職場をつかんだという、

いかにもできる感じの人だった。彼も、最初の就職活動は、大苦戦だったそうだ。

とにかく、落ちて、落ちて、落ちて、落ちて、落ちて……。

新卒で就職活動をつづけるが、さらに、落ちて、落ちて、落ちて、落ちて、落ちて……。

ぜんぜん、受からない。

「志望理由」と「自己PR」を必ず聞かれたが、まだ働いたことがないからつきつめていくと「ない」

と感じる。「ない」ものを「出せ」といわれるのが、ものすごくつらかったそうだ。

ところが、転職で2社目を受けたとき、こんどは、なんと! 10社受けて全て受かってしまった。

「志望理由」と聞かれても、こんどは、会社で働いたことがあるから、ちゃんと言える。

「自己PR」と聞かれても、「私は、営業でこんな経験をしてまして、それゆえ長所は……」

と、言葉が出てくる。

「なんだ、実際に働いてみたら、言えるじゃないか」と。この感じ、痛いほどわかった。

フリーランスになりたてのとき、プロフィールを書くのが、いやでいやでたまらなかった。

だって、フリーランスはまだ、これからだった。実績を書こうとしてもひとつも出てこない。

会社員時代のことだけ書いても、自分を「過去」だけで語るのは、「過去の人」のようでツライ。

かといって「未来」を語ろうとすれば、実績がないから「やる気」だけの「決意表明」みたいに

なってしまい、うさんくさい。「無いものをアウトプットする」つらさ。

  

小学校にあがる前のこどもに、「国語と算数と理科と社会、どれがやりたい?」

と聞いたら、どう答えるだろう?

「わかんないよ、サンスウってなに?コクゴってなに?」勢いで「リカ!」と答えた子がいたとしても、

そこをさらに「なぜ理科なの? なぜ算数でなくて理科なの?理科で具体的にどんな勉強したいの?」

と聞いたとしたら?

実際に会社に入って働いてる人でも、やりたいことはと聞かれても、答えられない人の方が多いだろう。

これは、就職活動の若者に限ったことだろうか?「まだ無いものをアウトプットさせられる」

これは、社会人は、いつもやっていることだ。たとえば、会社で書く新商品の企画書。

世の中に「まだ無い」ないから、新しいものをつくろうとする。当然、企画を書いた本人も、

だれもまだ、それをつくってない。でも、企画会議では「こんな問題が起こったらどうするのか?」

「で、具体的にお客さんにどうなってもらいたいの?」厳しい質問が、あびせられる。

「まだそんな細かいことまで考えてないよ」「それは、やってみなきゃだれにもわからないよ」

と言うような質問もある。

たたかれ、否定されているうちに、自負していたモノがどんどんしぼんでいくこともある。

  

新米で、はじめての企画はすごく苦しい。でも、慣れてくると楽かというと、必ずしもそうではない。

すでにやったことの焼き直しなら楽になるが「全く新しいこと」に挑み続ける人に苦しさはともなう。

こういったことに関して、次のような考え方もあると思う。

「無い」ものは「作文」すればいい、と思うのだ。うそをつけと言っているのでは決してない。

  

まだ実際に働いてもないのに、企業に採用される人の文章、新商品開発と言われて書く社会人の企画書

戯曲家が書き上げたばかりのまだ誰も見たことの無い芝居。

これらは、この段階ではまだ「机上の文章」だ。

  

どうやって人に伝えるかというと、「書いて」「見せている」、のだ。

実際に「無いものを作ってみせた」わけではない。作ったのは、まだ無いものに関する「文章」だ。

つまり、言葉だ。「作った」のは「文章」。だから、「作文力」なのだ。

言葉の力が、すべてではないが、実際にやってみる、やってみせることができない段階では、

「言葉」が左右する部分は大きい。「無い」ものを「出す」というと、短絡的に、「うそ」とか、

「ねつ造」という、悪いイメージを持つ人もいるだろう。

でも、建物の設計図、新商品開発の企画書のように無いものを「構築する」「立案する」ことはできる。

イメージし、調べ、考え、自分の言葉で構築していくのだ。

  

「やりたいこと」が無いと苦しい人は、一旦次元を落として、求められているのは一枚の「作文」だと、

想定してみてはどうか。

いま求められているのは、自分の「生きる意味」というような大それたものではない、

「やりたいこと」を焦って見つけることでもない、と、いったん、落ち着いてみる。そこで、

求められているのは、まず「働く自分」に関する「仮説」と、それを説明する「文章」だと、一旦想定

してみる。自分を社会に送り出すための「企画」を立ててみる、とか、就職に向けて動くための

「作業仮説」をつくると考えてもいい。

  

 作文や小論文の書き方については、とてもここの紙面では語りつくせない。

機会があれば、会社で、あるいは新聞投稿、このホームページで培ってきた私なりの方法を、

講義などで伝授しても良いと思っている。    

 ただ、作文の前に、正しい敬語・日本語の使い方、の方が先決かな?

学生からのメールやレポートで、ため口とは言わないが、??という稚拙な文も多い。まず、日本語の勉強を

した方が良いかもしれない(^_^)ノ""                     2004.5.26

  

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